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NEC未来創造会議

NEC未来創造会議 第2回実践者会議
Beyond 5Gは「情報社会」を「体験社会」へと更新する

2017年に始動したプロジェクト「NEC未来創造会議」は、2050年の未来を見据えて人が豊かに生きる社会を実現すべく、哲学者やアーティストなど多くの有識者と議論を重ねながらわたしたちがどんな社会をつくっていくべきか考えてきた。昨年からは「コモンズ(共有材)」と「コモニング(合意形成)」をテーマに、社会の発展と地球環境の持続性、人々のウェルビーイングを実現するシステムのあり方を模索するとともに、企業や教育機関とも共創活動を進めている。

2050年の未来を見据えて人が豊かに生きる社会の実現を目指すプロジェクト「NEC未来創造会議」は今年度で5年目を迎えた。本プロジェクトは哲学者や文化人類学者などビジネスやテックをはじめとした多くの領域の有識者との議論を重ねるだけでなく、近年は議論を通じてつくられたビジョンを広げるべく全国各地の企業や自治体と共創活動にも取り組んでいる。

より具体的な実践へと歩みを進めるべく、今年度は独自の実践を続ける人々を招致し「実践者会議」を実施。第2回は「コモニング(合意形成)とエクスペリエンスネット(体験のシェア)」をテーマに、これからのコミュニケーションにおいて人々の「体験」がどう変わっていくのか議論した。

ゲストとして参加したのは、他者と体験を共有する「ボディシェアリング」の概念を提唱するH2L創業者/琉球大学工学部教授の玉城絵美氏だ。NECからは5Gを超える次世代通信規格によって時空間の制約を超える「Beyond 5G」の社会を構想するNEC新事業推進本部の新井智也と、人の意志や体験を共有できる「エクスペリエンスネット」の実現を目指すNEC未来創造プロジェクトの小出俊夫が参加。『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏によるモデレーションのもと行われた議論からは、新たなコミュニケーションの形が見えてきた。

情報社会から体験社会への移行

いま、わたしたちは「情報社会」を生きている。インターネットによって人々は日常的にテキスト・音声・映像……とさまざまな「情報」を送受信しており、もはや時間と空間を越えたコミュニケーションは当たり前のものとなった。5Gのように大容量・低遅延・多数接続といった特徴をもつ次世代通信規格はそんなコミュニケーションをさらに加速させるだけでなく、「体験」のように複雑な情報をもテキストや音声のように扱えるような社会をもたらすかもしれない。わたしたちの世界は「情報社会」から「体験社会」へと変わろうとしているのだ。

「グローバリゼーションが進行し、わたしたちは30年前とは比べものにならないほど多様な人々とコミュニケーションしながら生きています。しかし、性別や職業、文化が異なっているとテキストや音声による相互理解が難しいことも事実でしょう。だからこそ、体験社会へと移行することで自分とは異なる人の気持ちを理解できる仕組みをつくっていく必要があるはずです」

そう語るのは、H2L創業者/琉球大学工学部教授の玉城絵美氏だ。玉城氏は時間や空間の制約なしに他者と体験を共有しあえる技術を「ボディシェアリング」と名付け、10年以上前から体験社会の実現に尽力してきた。同氏はコンピューターが人間の手指の動きを制御するインターフェース「PossessedHand」をはじめとするプロダクト/サービスの開発に取り組んでおり、視聴覚や触覚に留まらず豊かな感覚情報を送受信できる環境をつくろうとしている。

H2L創業者/琉球大学工学部教授 玉城絵美氏

他方でNEC未来創造プロジェクトも、玉城氏とは異なる方向から体験社会の実現を模索してきた。同プロジェクトは人々がよりよい社会を目指す気持ちを共鳴させる「意志共鳴型社会」を実現するために、「エクスペリエンスネット」なる新たなネットワークの概念を提唱している。同プロジェクトメンバーの小出俊夫は、体験を共有することでこれまでのコミュニケーションが超えられなかった分断を超えられるのではないかと語る。

「視聴覚情報だけでは共通の感覚がわかりませんでしたが、体験を共有できるようになれば相手が根底でどんな欲求に突き動かされているのかわかるようになるでしょう。テキストだけだと意見が合わないような相手でも、実は自分と同じ感覚をもった人間かもしれない。体験の共有によってフィルターバブルと呼ばれるような閉じた空間にいる人々同士をつないであげられるかもしれません」

5Gを超える次世代通信規格によって時空間の制約を超える「Beyond 5G」の社会を構想するNEC新事業推進本部の新井智也も、小出に同調する。NECが構想するBeyond 5Gは「人間・空間・時間」といった制約を超える「テレX社会」をキーワードとして掲げているが、現代の社会からテレX社会へデジタルに切り替わるわけではない。新井は次のように語り、いま人間が新たなコミュニケーションへの過渡期を生きていることを明かす。

「インターネットによって人々が膨大な量の情報を扱えるようになった一方で人々の同質化が進んでいると言われますが、これは多様性が社会に浸透してきた証拠ではないでしょうか。多様な考え方や文化の存在が可視化されたからこそ、同質化が目立っているわけです。Beyond 5Gでは情報空間も多層化し人が複数のアイデンティティを生きられるようになりますから、システムや制度、人々のリテラシーも状況に合わせてアップデートしていかなければいけないはずです」

NEC未来創造プロジェクトメンバー 小出俊夫

体験の共有に欠かせない「インタラクション」

体験の共有によってこれまで気づけなかった個々人の共通性や差異が顕在化していくと、インターネット上のコンテンツや表現の方向性も変わっていくのかもしれない。モデレーターを務める『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏が「多くの人に訴求する表現を追い求めていった結果、これまでのSNSではかわいい猫の画像や人の恐怖心を煽る表現など単純なコンテンツが増えてしまう傾向がありましたよね」と指摘すると、玉城氏は「これからは欲求のバリエーションが増えるはずです」と語る。

「ひとくちに『かわいい』『怖い』と言っても、ひとつのコンテンツから感じるものは人それぞれ大きく異なっているでしょう。いまのSNSはその多様性を捉えられていない。たとえばわたしたちが以前5Gを使ってカヤックの遠隔操縦を体験できる実験を行ったときも、水の音を聴いて臨場感を味わう人もいればオールを漕いだ際の水の抵抗に驚く人もいて、人によって感動を覚えるポイントはバラバラでした。体験の共有によって、表現できる欲求の種類も増えていくのだと思います」

欲求のバリエーションが増えることは、表現の解像度が上がることでもあるだろう。小出はNEC未来創造プロジェクトがこれまでスペキュラティブ・デザインによってエクスペリエンスネットが活用されるユースケースを検討してきたことを明かし、プロトタイピングの過程でもさまざまな欲求について議論を重ねていたと語る。

「たくさんの情報を扱えるようになったとしても人は自分と異なる価値観に直面すると拒絶してしまいがちですし、デジタル洪水と呼ばれるように膨大な情報に埋もれてしまうこともある。たとえばプロトタイプのひとつとして考案した『SHUTTER Glass』は、大量の情報から一人ひとりが本当に大切にしたいものを見つけ出すサービスです。これはアイウェアにAIが搭載されていて、風景に栞を挟み込むようにして、自分が実際には見ていたのに意識できていなかった風景を後から見せてくれるもの。現在は実際に大阪大学の内藤(智之)先生と共同研究に取り組んでいて、具体的なプロトタイプに落とし込むべく研究を進めています」

NEC新事業推進本部 新井智也

新井が「Beyond 5Gとエクスペリエンスネットは共鳴する部分も多いのでぜひ一緒に活動していきたいです」と語るように、NEC未来創造プロジェクトの構想するサービスを実現する上でも、5Gを超える次世代通信規格は必要不可欠なものと言えるだろう。他方で、玉城氏は小出の発言を受け「インタラクションが重要ですね」と応答する。

「一方的に情報を受け取り続けるだけでは分断も生まれやすくなってしまうのかもしれません。SHUTTER Glassが風景に栞を挟むように、情報へのアウトプットを設けることで人は情報を咀嚼しやすくなる。わたしたちが考えるボディシェアリングにおいても、インプットだけでなくアウトプットが重要な意味をもっています」

玉城氏の発言を聞いた松島氏が「単なるインプットだけでは『いいね』のような共感しか生まれないわけで、インタラクションがあるからこそ共鳴が生まれるんですね」と語るように、NEC未来創造プロジェクトが構想する意志共鳴型社会の実現においても、インタラクションは重要な鍵を握るのだろう。

『WIRED』日本版編集長 松島倫明氏

テクノロジーだけでなくパーパスも

もっとも、新井が「体験や欲求の中には自分でコントロールできないものもありますよね」と語るように、人はすべての行動を意識的に行っているわけではない。たとえば緊張や羞恥によって顔が赤くなることを人はコントロールできないが、こうした微細な身体の変化が個々人のきめ細やかなコミュニケーションを支えていることも事実だろう。しかし本人が制御できない身体反応はときにセンシティブなものであり、それさえも共有の対象としてインプット/アウトプットできるようにしてしまうことは新たな分断を生むリスクもある。「体験はどこまでシェアされるべきなのでしょうか?」という松島氏の問いに対し、小出は次のように語る。

「パーパスが重要になると思います。単に技術的に可能だからシェアするのではなく、わたしは何を成し遂げたいのか、わたしたちは何を解決したいのかを考えるなかでシェアすべき体験が定まっていくのではないでしょうか。あくまでも体験のシェアは手段であって、目的ではありませんから」

他方で玉城氏は、その人がいままで感じたことのなかった刺激や体験を得ることの重要性を説く。

「人間はいままでにない体験を得ることでものすごい幸福感を得るものです。わたしが以前入院していたときにほかの患者さんと話していても、重い病気にかかってなかなか新たな体験に挑戦できない人は他者の話を聞くだけでかなり欲求が刺激されていました。もしかしたら自分を知ることが最も重要なのかもしれませんね。自分がこれまで体験してなかったことを知るからこそ、どんな体験をシェアすればいいか判断できるようになるわけですから」

NEC未来創造プロジェクトから生まれたプロトタイプ「SHUTTER Glass」。アイウェアに搭載されたAIが、視界に入っていたが意識できていなかった風景を見せてくれる。

両者の発言を受け、新井も「人間は知的好奇心とコミュニケーションによって脳を発達させてきた動物ですからね」と頷く。人間は身振り手振りや表情、言語などさまざまな手段で豊かなコミュニケーション形態を発明しながら脳を発達させてきた。「ネットワークとはコミュニケーションの手段なので、人間の欲望を過剰に制約してしまわないよう、Beyond 5Gのようなネットワークの発展も重要になっていくのだと思います」

ネットワークとは社会インフラでもあり、個々人のコミュニケーションを支えるものでもある。だからこそエクスペリエンスネットやボディシェアリングといった体験の共有を考えるうえでも、都市や国家のスケールと個人のスケール、両者を常に往還しつづけながら技術のあり方を論じていくべきだろう。たとえば個人の緊張状態が情報として可視化されることでお互いに配慮したコミュニケーションが可能となる一方で、集団的な監視のツールとして緊張の情報が使われてしまう恐れもある。とりわけインタラクションを担保しこれまでは難しかった身体への介入が可能になってしまうからこそ、より一層設計の問題は重要となるのだ。テキストや音声データが不正に改ざんされるだけならいざしらず、体験まで改ざんされてしまうようになれば人命に危険が生じる可能性もあるのだから。「特定の企業だけではなく協調領域を設定しながらなるべくオープンで透明性を保ちながら技術開発を進める必要がありますね」と新井が指摘するように、体験社会においてはますます協調や共創といった姿勢が重要となるのかもしれない。

「ひとくちに『体験の共有』といっても何をどう具体的に共有すべきか考える必要があるし、その基準を考えるためには個人の意志だけではなく国家や都市のスケールでパーパスを論じなければいけないことに気づかされました。技術的には体の動きだけでなく緊張感のような感覚まで共有できるようになりつつある一方で、これからはオープンな議論を重ねながらルールづくりを進めていく必要がありますね」

玉城氏はそう語って、会議を締めくくった。玉城氏を筆頭に体験の共有を実現する具体的なインターフェースやサービスが実現しつつあるからこそ、これまで以上の解像度で倫理やルール設計、パーパスについても議論できるようになったのだろう。テクノロジーのアップデートとパーパスやルールのアップデート、両者が同時に進むことではじめて、次なる体験社会は実現するのかもしれない。