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NEC未来創造会議

NEC未来創造会議 第1回実践者会議
これからの街づくりを変えていく、デジタル民主主義ツールの可能性

2017年に始動したプロジェクト「NEC未来創造会議」は、2050年の未来を見据えて人が豊かに生きる社会を実現すべく、哲学者やアーティストなど多くの有識者と議論を重ねながらわたしたちがどんな社会をつくっていくべきか考えてきた。昨年からは「コモンズ(共有財)」と「コモニング(合意形成)」をテーマに、社会の発展と地球環境の持続性、人々のウェルビーイングを実現するシステムのあり方を模索するとともに、企業や教育機関とも共創活動を進めている。

今年度は有識者との議論や共創活動に加え、よりよい社会をつくるべくさまざまな領域で独自の実践を続ける人々を招致し「実践者会議」を実施。第1回は「コモニング」「ビジョン」「デジタル」という3つの観点から合意形成と街づくりをテーマに議論を繰り広げた。

ゲストとして参加したのは、デジタル民主主義ツール「Decidim」の活用を進める兵庫県加古川市の多田功氏とポートランドの街づくりに携わる都市計画家の山崎満広氏、NECのデジタル・ガバメント推進本部長・小松正人の3人だ。『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏によるモデレーションのもとで始まった議論は、「デジタルとアナログ」や「行政と市民」など多くの二項対立を乗り越えながらこれからの街づくりを支える合意形成の可能性を提示していった。

合意形成のための新たなツール

「スマートなプロダクトがあればスマートシティが実現するわけではありません。まず必要なのはビジョンであり、プロダクトはあくまでもツールでしかない。ビジョンをつくるためにも、人々の意思を集約していくためのスマートな仕組みが求められているのだと思います」

都市計画家の山崎満広氏はそう言って、近年のスマートシティブームに警鐘を鳴らす。世界各地でデジタルテクノロジーの活用を通じたスマートシティの計画が進んでいるが、なかには自治体や企業と市民との間でコンフリクトが生じてしまうことも少なくない。それは山崎氏が指摘するように街づくりのビジョンが定まっていないからであり、自治体と市民との間で合意形成がなされていないからなのだろう。

都市計画家/アントレプレナー/ストラテジスト 山崎満広氏

そんななか、兵庫県加古川市は参加型民主主義プロジェクトのためのツール「Decidim」を使って市民の多様な声を集めていることで注目されている。加古川市はなぜ、バルセロナやヘルシンキなど欧米の都市で活用されるこのツールを導入したのだろうか。同市のスマートシティ推進担当課長を務める多田功氏は、次のように語った。

「スマートシティのような街づくりのビジョンを考えるうえでは、行政の内部だけではなく、ありとあらゆる人の意見を集めなければいけません。とくに少子高齢化がさらに進んでいく日本では、少数派となる若い世代の意見もすくい上げながら新たな社会をつくっていく必要があるはずです。Decidimは単に市民の意見を集めるだけでなく行政と市民が双方向にやり取りできますし、市民同士のコミュニケーションも生まれる。議論は可視化されているので納得してもらいやすく、市民と行政が一緒に街をつくっていくうえでも効果的なツールだと感じていました」

同市はスマートシティ構想策定をきっかけとしてDecidimを導入し、現在は838名(2022年2月17日現在)の市民が17項目のトピックについて意見を交わしているという。利用者のうち40%以上は10〜20代の若年層だ。同市はオンラインだけでなく高校でのワークショップなどオフラインの場も設けることで、これまで行政の意思決定から疎外されやすかった人々の声をすくい上げている。多田氏の発言を受け、NECでデジタル・ガバメント推進本部長を務める小松正人は、社会の変化によってDecidimのようなデジタルツールはますます重要になるはずだと語る。

「高度経済成長期のような時代は社会が同じ方向に成長しているので新しいプロダクトを導入すれば課題を解決できることが多かったのですが、現代社会の課題は複雑化していますし、人々の意見も多様化しています。多様な意見を集約して合意形成をつくるうえでDecidimは有効ですし、デジタルツールが増えていくと市民の声を直接的に拾い上げる動きはもっと強まっていくように思います」

兵庫県 加古川市 スマートシティ推進担当課長 多田功氏

「ファシリテーション」が足りていない

Decidimのようなツールによって多様な意見を可視化できるようになったことは事実だが、意見を集めれば自動的に合意形成や意思決定が実現するわけでもないだろう。本会議のモデレーターを務める『WIRED』日本版編集長の松島倫明氏は「デジタル民主主義のようなコンセプトが技術的には実現可能になりつつあるものの、それを受け入れる社会の素地が整っていないようにも思います」と言って、新たな技術があっても行政の意思決定プロセス自体を変えるには時間がかかるだろうと指摘する。しかし、多田氏によれば透明性を高めるだけでも変化は大きいのだという。

「市民から見れば、意思決定のプロセスがオープンになるだけでも政策への理解が深まり行政に対する信頼を高められるはずです。行政からしても、これまで見落としていた視点に気づけたり市民の知恵を得たりすることで、新たな政策をつくれるようになるでしょう」

加古川市のDecidimではNECとの地域共創プロジェクトも進行している。

他方で、アメリカでさまざまな街づくりや都市ビジョン策定の意思決定に関わってきた山崎氏は「ファシリテーション/ファシリテーター」の不在を指摘する。

「ファシリテーションにもテクニックがあって、状況に応じて手法を使い分けていく必要があります。まずは意見をある程度平等に可視化しないといけませんが、その上で属性や個人の差異に注意しながら、さまざまな意見を公正に扱えるようバランスをとらなければいけない。多くのプロジェクトではこのファシリテーション能力をもった人がおらず、いろんな意見を集めても偏ったものやいつもどおりのものが生まれてしまうことが少なくありません」

山崎氏の指摘を受け、小松も「とくに日本は偉い人の意見にまとまってしまいがちですよね」と語る。「日本にはいろんな人がフラットに意見を言い合える場が足りていない。デジタル技術を使って意見や属性をデータとして分析することで公正なファシリテーションを行えるかもしれませんね」。もちろんすべてをフラットに扱うことでかえって偏った考え方につながる可能性や、データの処理においてサイバーセキュリティのリスクを伴うことも事実だろう。しかし、これまでの意思決定が多くの市民にとってブラックボックスだったことを鑑みれば、Decidimをはじめとするデジタルツールの活用に大きな意義があることは間違いないはずだ。

NEC デジタル・ガバメント推進本部長 小松正人

NECはデジタル・ガバメントの実現にも注力している。

合意形成に必要な個人の「意志」

人々が柔軟に行政の意思決定に関われるようになるとはいえ、デジタルツールはあらゆる政策に活用できるわけでもないだろう。多田氏は加古川市での経験を通じて、二項対立のイシューにはDecidimを使うべきではないと語る。

「たとえば環境問題について議論するときに『プラスチックの使用を止めるべきか否か』で市民の意見を集めると対立が生じてしまいます。これを『どうすれば綺麗な街をつくれるのか』『どうすればゴミを減らせるのか』という議論にすれば、対立が生まれにくくさまざまな意見を集められるようになると考えます」

多田氏の発言を受け、松島氏は「それはまさに今年度のNEC未来創造会議がテーマとする『コモンズ』や『コモニング』の議論につながりますね」と指摘する。コモニング(合意形成)を行うためには、適切なコモンズ(共有財)の設定が必要だからだ。「綺麗な街」を市民のコモンズと設定することで、そんな街を実現するためのコモニングが発動するのだろう。それは市民一人ひとりが街や自然を自分たちのものだと思える環境をつくることでもある。そのために重要なのが個人の自己実現や意志だと語るのは山崎氏だ。

NECとの共創プロジェクトはオフラインのワークショップも行われた。

「都市計画も都市デザインも非常に創造的なプロセスで、多くの人の意志をどう表現するかが問われます。だからこそ市民は自分が何者で何に喜びを感じるのか、街に関わるときに何がしたいのか、一人ひとりが意志をもたなければいけません。そして人々の意志をまとめる側も、本当に市民が求めているものをつくるために文句もアイデアも受け止められるだけの器量をもたなければいけない。これからAIが発展していけば、単に意見をフラットに扱うだけではなく、それぞれの立場や格差へ配慮して重み付けを行いながら計画に落とし込んでいけるかもしれませんね」

Decidimのようなツールを通じて行政と市民の接点が増えているからこそ、市民一人ひとりが都市計画や政策を自分ごととして捉えられるような環境をつくることが重要なのだろう。多田氏も「Decidimを使ってもらうことで地域に興味をもってもらう機会が増えました」と語るように、街づくりにおけるデジタル技術とは意思決定のためではなく、市民と街のつながりをつくりながら合意形成を促すために使われるべきものなのかもしれない。

『WIRED』日本版編集長 松島倫明氏

意志を共鳴させるハードとソフト

街に暮らす市民一人ひとりが自分の意志をもち、多様な意志を集約することで新たな街をつくっていくこと。それはまさにNEC未来創造会議が未来のビジョンとして掲げる「意志共鳴型社会」の実現なのかもしれない。他方で山崎氏は、必ずしもみんなが積極的に意志を表明すればいいわけではないと語る。

「幼い頃から教育にディベートを取り入れればどんな場でも自分の意見を表明できるようになると考える人もいますが、ディベートの強さを競うようになりエリート主義に陥ってしまう危険性もあります。結果として競争社会が加速してしまう。ぼく自身は日本らしい意志の表明の形がありうるのではないかと思っています。日本は課題先進国だと言われますが、それは課題解決先進国になるチャンスでもあるはずですから。デジタルインフラを進化させることで、日本なりの民主主義の形を模索したいですね」

たしかに意志の表明も対話も重要だが、議論がゲーム化してしまう恐れもあるのだろう。だからこそDecidimのようなツールを使いながら、さまざまな人が自身の向き不向きに合わせて意志を表明していく機会を増やしていくことが重要なのだ。多田氏は意志共鳴型社会をつくるなら何を共鳴させるのか考える必要があると指摘する。

ワークショップではさまざまな意見が集まった。

「私は一人ひとりが自分らしく生きることや幸せであることを共鳴させていくべきだと思うんです。少子高齢化をはじめ日本は多くの課題を抱えていることは事実ですが、個人の生活を見てみれば幸せに暮らしている人は少なくない。不満を共有するだけではなく、個人が感じている幸せを共有することも重要なんじゃないでしょうか」

多田氏の発言を受け、小松は街への愛着が最終的に重要になるはずだと言って会議を締めくくった。「街への愛着は政策への愛着でもあって、この街に住んでいてよかったと思ってもらうことが何より重要です。実際にNECで自治体のプロジェクトに携わっている人の中には、その自治体にもっと貢献したいと思うようになり、ふるさと納税を使う人もいます。住民の方々も住んでいる自治体の政策決定に携わると愛着が生まれるし、合意形成にもつながっていくのではないでしょうか」。意志共鳴型社会をつくるためには、単に人々の意志を可視化する“ハード”があればいいわけではなく、幸せやウェルビーイングといった“ソフト”もなければいけないのだ。コモニング、ビジョン、デジタル――未来の街づくりの鍵を握る3つのテーマは、市民の幸せを介することでつながっていく。NEC未来創造会議は都市を形づくる大きなビジョンと一人ひとりの小さな幸せを往復しながら、これからの社会を支える合意形成のあり方を模索していくのだろう。