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NEC未来創造会議

5th Forum Economics
自由を担保するためのメカニズムデザイン

現実が経済学化するなかで、マーケットはどう変わるのか
――円滑な取引とコミュニケーションが拡張する自由

NECが2017年から進めているプロジェクト「NEC未来創造会議」。2050年の未来からバックキャストし人が豊かに生きる社会を目指す本プロジェクトは、「意志共鳴型社会」という未来像を提示するとともに、有識者との議論やさまざまなステークホルダーとの共創活動を進めている。

5年目を迎えた今年度はコモンズのようなコミュニティのつくり方や資源の共有方法を再評価する可能性について有識者との議論を重ねている。

コモンズの起源や都市空間・仮想空間での可能性を論じてきた第1〜4回の会議を経て、今年度ラストとなる第5回有識者会議は「マーケット」をテーマに掲げている。ゲストとして参加したのは、慶應義塾大学経済学部教授の坂井豊貴氏だ。マーケットデザインやメカニズムデザインを専門とする坂井氏は、投票システムや暗号通貨にも精通しており、近年は自身で起業し経済学のビジネス実装にも取り組んでいる。同氏が研究するマーケットの仕組みは、これからのコモンズやコミュニティといかにつながりうるのだろうか。

第5回有識者会議参加メンバー

  • 慶應義塾大学経済学部教授・Economics Design Inc.取締役

    坂井 豊貴 氏

  • 『WIRED』日本版編集長

    松島 倫明 氏

  • NEC フェロー

    江村 克己

単一の理想ではなく多様な自由をつくる

松島:
坂井先生はマーケットデザインやメカニズムデザインをご専門とされ、経済学をビジネスへと実装する会社もつくられていますよね。マーケットはさまざまな人が使うインフラですが、NEC未来創造会議としてもどんなインフラを整備すればよりよい社会をつくれるのか考えています。本日は坂井先生にマーケットと意思決定の仕組みについてお話を伺いながら、これからのコモンズや合意形成のあり方について考えていけたらと思っています。

坂井:
よろしくお願いします。NEC未来創造会議は、わたしたちが目指していく社会について論じていますよね。飢餓や貧困がない方がいいといった点にはほとんどの人が同意すると思いますが、どんな社会を目指したいのか人によってかなり差異が大きいように思います。たとえばわたしとネトウヨの人が好む社会は異なっていますし、議論してもなかなか合意はできないでしょう。だからひとつの理想像を提示するのではなく、それぞれが自分の好きなように生きていける社会の土台をつくることしかできないのではないでしょうか。飢餓や貧困のように人間の自由を著しく奪うものをなくしながら、自由の枠組みをつくることが重要ですよね。

江村:
NEC未来創造会議でも以前マズローの欲求5段階説を挙げながら、コンバージェンス(収束)とダイバージェンス(発散)について議論していました。生理的欲求のように生きる基盤となる部分は世界中同じような構造になってきているのでコンバージェンスが生じている。たとえばトイレってかつては各国で異なる様式が採用されていましたが、いまはどこも西洋式に統一されようとしていますよね。効率よく基本的な生活をカバーするためにはコンバージェンスの考え方が適しているわけです。他方で、自己実現欲求のような部分は人それぞれみんな異なっていてダイバージェンスが生じている。わたしたちとしてもひとつのソリューションで多様なニーズをカバーするのではなく、一人ひとりが異なる意見をもちながらも自分を活かせる社会をつくっていくべきでしょう。

松島:
人間の基本的な生活の条件を担保しながら、自由な社会の基盤をつくることが重要なわけですね。そこではマーケットもひとつの基盤として機能するのかもしれません。目指すべき社会を強制せず、コンフリクトも生まれない社会はどうすればつくれるのでしょうか。

坂井:
たとえば、いろいろなサービスをお金で買える環境は大事ですね。わたしは2人の子どもがいるのですが、妻の体調が悪いときでもUber Eatsのようなサービスがあれば料理をせずに済む。家事代行サービスを頼めば快適に暮らせる。こういうことを言うと、お金がないとそれは出来ないと言われることがありますが、逆です。わたしは時間を買って、自分の仕事に専念します。

それぞれの人間が自分の得意なことで世の中に対して価値を生み出せば、世の中にとっても本人にとっても幸せでしょう。アマルティア・センが言うところの「ケイパビリティ」が発揮されている状況です。マーケットでいろいろなものが売買できるようになるとケイパビリティは伸びていくものなので、たくさんのものがマーケットで円滑に取引できる環境をつくることは自由にとっても価値があることです。

この世界は経済学へ近づいている

松島:
理論上のマーケットと現実のマーケットは乖離しているようにも思うのですが、両者はどれくらい異なるものなのでしょうか。

坂井:
いまの世の中は、どんどん経済学の教科書の世界に近づいています。教科書の世界では円滑なマーケットが想定されていて、取引コストはかからないし、商品を注文したらすぐに交換される。わたしが大学院生だった2000年頃だと、教科書の世界と現実は乖離していると思われていて、「こんなことをやって世の中の役に立つのか」「経済モデルは現実的ではないのではないか」と経済学者もどこか後ろめたさを感じていたように思います。

松島:
2000年頃は日本の経済も低迷していたこともあって、経済学は役に立たないと思われていたのかもしれませんね。

坂井:
そこから経済学が現実に近づいたとも言えますが、それ以上に世の中が経済学の世界に近づいていきました。たとえば経済モデルのなかではきちんと値段を見比べて何を買うか判断する消費者が想定されていますが、かつては「消費者はそんな合理的な存在ではない」と批判されていました。たくさんのお店を回って値段を調べるのは手間がかかるので、みんな適当に見つけたものを買っているのだ、と。しかしいまや価格コムのようなサイトで値段を比べてものを買うようになっていますし、Amazonは当日や翌日に商品を届けてくれます。商品とお金の交換がどんどん合理的に行われるようになっていて、世の中が経済学の世界に近づいているわけです。

松島:
デジタル化や情報化が進んだことで、取引のフリクションが減っていったわけですね。

坂井:
おおざっぱな言い方ですが、経済学はマーケットを関数として捉えています。売り手は供給側の情報をインプットして、買い手が需要側の情報をインプットすると、資源配分が導き出される。関数という見方は、オンライン取引やコンピューターとの相性がいいんですよね。

松島:
WEB3のような動きのなかでは、さらに経済学的なものがある種のリアリティを拡張していくことになりそうです。

坂井:
そう感じます。たとえばブロックチェーンは価値とお金を交換しやすくするテクノロジーです。売り手と買い手がP2Pで交換できるので中抜きも生まれにくいし、金融商品と非常に相性がいい。結果としてさらに資本主義が強化されていくのではないでしょうか。今後ブロックチェーンによって、さまざまなものが金融商品として扱われるようになります。そのことを万人が歓迎するとは思いませんが、それができるようになった以上、わたしたちはそういうふうにブロックチェーンを使っていくことでしょう。これは重要なポイントで、資本主義は一層本格化しますし、すでにしてきています。