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NEC未来創造会議

4th Forum Metaverse
サイバー空間は「アイデンティティ」を解放する

サイバー空間とシャーマニズムの近接性
――新たな技術はいかに現実空間を変えるのか

「NEC未来創造会議」は、2050年の未来からバックキャストし人が豊かに生きられる社会を実現すべく2017年に始動したプロジェクトだ。哲学者やアーティスト、建築家などさまざまな有識者との議論を重ねながら同プロジェクトは「意志共鳴型社会」という社会像を提示し、よりよい未来をつくろうとする人々をつなぐ新たなネットワークやコミュニティのあり方を模索している。

なかでも昨年からNEC未来創造会議が注目しているのが「コモンズ」の概念だ。今年度のNEC未来創造会議は「ニューコモンズ」をテーマに掲げ、これからの社会の共有資源とは何か、どのようにコミュニティがつくられ、どう合意形成が行われていくのか問おうとしている。これまでの会議ではコモンズの起源を振り返るとともに都市のように現実空間でどのような空間づくりが可能なのか議論を重ねてきた。

もちろんわたしたちの社会を考えるうえで都市を無視することはできないが、同時に近年メタバースのようなサイバー空間の活用が進んでいることも事実だろう。そこで第4回は「サイバー人類学」の提唱者として知られる大阪大学COデザインセンター長の池田光穂氏をゲストに招き、サイバー空間とコモンズの関係性を論じる場が設けられた。中央アメリカの民族誌学や医療人類学を専門として世界各地でフィールドワークを重ねてきた池田氏は、文化人類学的な視点からサイバー空間を捉えなおそうとしている。果たしてこれからの社会にとってサイバー空間とはいかなる意味をもつのだろうか。『WIRED』日本版編集長・松島倫明によるモデレートのもと、NECフェロー・江村克己とともに行われた議論は、この新たな空間にとどまらず「人間」や「アイデンティティ」の概念を問うものへと広がっていった。

第4回有識者会議参加メンバー

  • 大阪大学COデザインセンター長・社会イノベーション部門教授

    池田 光穂 氏

  • 『WIRED』日本版編集長

    松島 倫明 氏

  • NEC フェロー

    江村 克己

インターネットは現実をどう変えるのか

松島:
2050年に向けて意志共鳴型社会の実現を考えていくうえで、メタバースのようなサイバー空間の存在を無視することはできません。今回はこれからの社会とサイバー空間の関係について考えるために、大阪大学COデザインセンター長の池田先生にお越しいただきました。中央アメリカの民族誌学と医療人類学を専門としながら「サイバー人類学」という観点を提唱して情報通信技術についても研究されている池田先生に、まずはサイバー空間やインターネットのような技術が人間社会をどう変えているのか、お話を伺えたらと思います。

池田:
わたしが在籍している大阪大学は2000年4月にサイバーメディアセンターを設立しており、インターネットが日本に広がっていく時期から情報通信技術について研究を重ねてきました。インターネットはもともと軍事・研究機関向けのツールとして生まれましたが、電子メールやチャットのようなツールが登場し、画像や音声のデータを扱えるようになったことで、人類のコミュニケーションが大きく変わりました。距離と時間の制約がなくなり、バーチャルな世界が現実と同じくらい重要な意味をもつようになっていった。サイバー空間と現実空間はさまざまな関係性をとっていて、サイバーが現実を侵食/ハックしていると考えている人もいれば、共存共栄していると考える人もいる。興味深いのは、単に現実空間とサイバー空間で0.5ずつ世界が分割されているわけではなく、0.5の現実と0.5のサイバーを足すことで1.2のように1を越えた世界を生み出しうることでしょうか。

松島:
もはやバーチャル空間は従属的なものではなくなっているわけですね。

池田:
そうですね。こうした変化によって、人と人のコミュニケーションや関係性も変わっていきます。たとえば教育を考えてみると、これまでは図書館に行ったり頭のいい人に質問したりしなければ正しい情報を得られなかったけれど、人々が等しく情報にアクセスできるようになった。これまでは先生が言わば“大名”のように偉い存在でしたが、先生の言っていることが間違っていたら生徒がインターネットで検索して間違いを指摘できるようになっているんです。5〜6年も経てばアダム・スミスの神の見えざる手のような形で正しい情報が民主化されフェイクが排除されていくかもしれません。もちろんフェイクニュースのようにインターネット上にも誤った情報は溢れていますが、少なくともリアルな人間関係にも変化が生じていくのは間違いないでしょう。

松島:
インターネットを通じて得られたデータが現実に落とし込まれることで、サイバーと現実の関係性がこれまでと入れ替わるとも言えるのかもしれません。

情報通信技術はシャーマニズム?

池田:
大学でのサイバー人類学の講義では、最初にそんな話をしています。でも、これはインターネットによって人類が初めて体験することではないんですよね。わたしは2回目の講義で、こう話すわけです。実は同じことを人類は3,000〜4,000年前からやっているんだ、と。原始宗教やシャーマニズムのなかで行われていたことは、いまサイバーテクノロジーによって人々が行っていることと同じだと思うのです。たとえば自分の子どもが熱を出して寝込んでいる人がシャーマンへ相談すると、シャーマンは何かの精霊を自分の体に下ろしてその人へ託宣を授けるわけですよね。それはまさにメタバースのように現実とは別の空間から情報を取得して現実へとフィードバックすることだといえるでしょう。

紀元前の中南米・エクアドルでシャーマンが霊界と交信するために使ったとされる祭具。(Attribution: Walters Art Museum, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズ経由で)

松島:
面白いですね。まさにシャーマニズムも、現実と別の世界を足すことで0.5+0.5が1以上の世界を生み出すようなものですよね。シャーマニズムと情報通信技術に似たような点がある一方で、どんなところが過去と現代の違いと言えるのでしょうか。

池田:
まさにその違いを考えていくのが3回目の講義です。1回目でインターネットが起こした変革の大きさを説明し、2回目はそれが実は昔から起きていたことを説明し、3回目で何が情報通信技術の面白さなのかを考えていく。古代の憑依や占いとインターネットによる予測の何が違うのか考えるうえで重要になるのが、エスノグラフィ(ethnography)だと思っています。これは「民族誌」と訳されることも多いですが、人々の集団を指す「ethno-」と記述を指す「-graphy」が合わさっていることからわかるように、人々が行っていることをひたすら記述していくものです。通常、人々は自分の慣れ親しんだものを記述しそこねてしまいます。たとえば松島さんのことを表現するとして「この人は2つの目と1つの鼻、2つの耳をもっていて……」みたいなことから書き始めないですよね。でもここが『三つ目がとおる』の世界なら、2つしか目がないことは極めて重要な情報になる。向こうの世界からしたら、なんでこの人の目は2つしかないんだろうと思われるわけですが、こちらからすれば目が2つの方が物体を立体的に見られるとか遠近感をつかめるとか、2つの目をもっているからこそできることが浮かび上がってくるでしょう。実際に人間は2つの目をもっているからこそ遠近法を発展させられたし、さらに遡れば、Society1.0と呼ばれる狩猟採集社会の頃はその遠近感を活用しながら獲物をとる訓練をしていたわけですよね。このようにしばしば見落とされてしまう当たり前を見つけなおすためにも、エスノグラフィを通じて情報通信技術について考えていく必要があると思っています。