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NEC未来創造会議

3rd Forum TECHNOLOGY
新たな価値観・評価軸を体現する技術とその社会浸透

現場がわからなければ技術は開発できない
──コモディティ化と差異化の関係性

数値化を逃れていくもの

松島:
合意形成という点では、久保さんが研究されてきた「盛り」の世界にも独特の文化があるように思います。若い女性の方々はバーチャルとリアルを使い分けながら合意形成を進めているのではないか、と。

久保:
2009年ごろ、女の子たちが求めている「盛り」が何なのか調べるために画像を集めてみんなが求めている顔を比べてみたのですが、あまり差異が感じられませんでした。当時は「デカ目」といってみんなすごく目を大きくしていて。ビッグデータを見るとみんなそっくりという結果になるにもかかわらず、実際に女の子に会って話を聞いてみると自分らしくあるために“盛る”と言うんですね。それで行動を観察していたら、同じような目に見えていてもそれぞれがつけまつ毛をカスタマイズしていて、わたしがデータを集める際に特徴点を打っていた場所じゃない部分に拘っていたことがわかったんです。

松島:
なるほど、フィールドワークによる発見が大きかったわけですね。

久保:
そこで2〜3年かけてつけまつ毛の密度も調べられるような装置を自分でつくったのですが、いざそれをもって女の子たちのもとに行ったら「もうデカ目なんて興味ない」と言われてしまって。結局その装置は使い物になりませんでした。わたしは美意識を数値化することにこだわっていたのですが、彼女たちはむしろ技術で測れないところをつねに進んでいくような気がします。

松島:
数値化することは、合意形成しやすいツールをつくることですよね。テクノロジーによる標準化によって、合意が形成しやすくなる。

久保:
たとえばデカ目も若い女性たちのなかから自発的に生まれたものではありますが、技術が規定している部分も大きいです。つけまつ毛やカラーコンタクトレンズのような化粧雑貨は化粧品よりも早くECサイトで買える環境がつくられていたし、画像処理も顔より目の方が先に加工できる技術が整っていた。じつは技術が文化を決めている部分も大きいのだとわたしは思っています。

江村:
技術を扱う側が豊かな創造性をもっていなければいけませんよね。技術自体は“透明”かもしれないけれど、どういう方向に使うかは意思によって決まるものですから。

NEC フェロー 江村 克己

コモディティ化を経た差異化

江村:
自然にコンセンサスがつくられるように見えることもありますが、実際はビジョンみたいなものに同意する人が集まっているからこそ自然にコンセンサスがつくられやすいコミュニティが生まれてるわけですよね。前回の有識者会議でも、ポートランドは共通する意思をもつ人が集まったことでいまのようなかたちになったと言われていました。

松島:
久保さんの話を都市へ敷衍すれば、アーキテクチャや場によって生活や意識が規定される側面もあります。ポートランドが都市成長限界線をつくってコミュニティが生まれやすい環境をつくったように、かつては意識的にビジョンをつくることで都市をつくっていた。一方で、藤村さんが先程語っていたような、ある種の民主主義的な都市のつくり方もあるように思います。

藤村:
技術が個の多様性を促進する面と、技術に依存してコントロールされてしまう面、ふたつの間で揺れ動いていますよね。たとえばいまの都市開発って解像度を下げて見ると非常に均質化していて。1970〜80年代は高層ビルひとつとっても三角形の形だったり真ん中に吹き抜けがあったりいろいろなことを試していたのですが、1990年代以降コモディティ化していった。ローコストで建てる手法が確立され、同じような大きさの建物が増えていった。ただ、同じものが建っているように見える一方で、渋谷にはカルチャーがあるから渋谷らしいまちをつくろうとか、日本橋は江戸の歴史、京橋はものづくりとか、1990年代以降の東京は大きなビジョンがなくなっているけれどエリア単位の自分らしさについて議論されてきた。デカ目のなかにいろいろな差異があるように、共通のコードがあることで個々のあり方が活発に議論できるような環境がようやく生まれてきている。だから東京都内の街の差異はむしろこれから生まれてくるのだと思います。

『WIRED』日本版編集長 松島 倫明 氏

スマートシティのガバナンス

松島:
つけまつ毛の差異も都市の差異も同じように捉えられるのは面白いですね。もちろん規模は違うかもしれませんが、個人がどういうアイデンティティをもってどういうコミュニティに属していくのか考えることは、ライフスタイルや住み方、コミュニティについて考えることでもありますし、その先に都市があるという意味で両者はつながっているのだと思います。

藤村:
たしかに1990年代以降の大量消費社会のなかでは都市の均質化が進んだとは思うのですが、そのなかで生まれているいろいろな差異や運動に目を向けることも重要でしょう。徐々にいろいろな動きが浮かび上がってきているように思います。

江村:
久保さんが研究されるテクノロジーの進化はかなり速くて、急速につくられた共通の基盤のなかでさらに個性を出していくような流れが生まれているわけですが、都市の変化は時間軸が違いますよね。久保さんが語っていたような変化と建物の構造の変化はまったくスピード感が異なっている。技術の変化に応じた都市のデザインを考えるうえで、久保さんのお話のなかにもヒントがあるものなんでしょうか。

藤村:
ユーザーの声を拾いあげることには、功罪どちらもあると思っています。たとえばスマートシティの文脈においては、都市のユーザーがおしゃべりしているような内容をデータとして可視化して設計に反映しようという流れが生まれていますが、誰でも技術的な問題に口を挟めるようになると、専門家の議論さえもフラットになって意思決定が難しくなってしまう。たとえば新国立競技場の設計においても、さまざまな専門的知識が求められる一方で、なんとなく出てきた不確かな情報を見て高い/安いと判断するおしゃべりレベルの判断が連鎖し大きな変化へとつながってしまった。技術が進化してきたからこそ、スマートシティをつくるうえではガバナンスの問題をきちんと考えねばいけないですよね。

技術でもおしゃべりでもなく

松島:
「声を聞きすぎる政府」という言い方もありますよね。たとえば久保さんから見ると、若い女性のコミュニティで流通している“声”は、その外側にどれくらい伝わっていくものなんでしょうか。

久保:
わたしはプリクラの共同開発にも携わるなかで、「技術」と「おしゃべり」どちらかだけでは機能しないことを知りました。かつては新機種への新技術導入や女の子たちを集めたグループインタビューを行なっていたのですが、元ユーザーの女性プログラマーが考えた機種が大ヒットしたことがあったんです。「おしゃべり」だけを聞いていても次のトレンドはわからなくて、ユーザーの感覚も技術の知識も持ち合わせている人が直感で出したアイデアをグループインタビューでチェックすることで機能していく。それ以降、もちろん最新の技術を活用しつつも、企画には元ユーザーが参加しているそうです。この事例はプリクラに限らず、いろいろな領域でモデルとして活用できるような気がしています。

江村:
久保さんのお話は非常に示唆的です。技術をわかっている人が社会課題の現場に立ち会わないと、課題をきちんと解決できないんですよね。だから都市のアーキテクチャを考えられる人もじつは限られていて、その方々が課題を見てひらめくことで新しいものが生まれるのかもしれません。われわれNECとしても、技術を扱いながらきちんとみずから現場に出ていっているかどうかを考えなければいけないなと。

松島:
「持続可能性」という抽象的な概念について議論するのではなくて、具体的な課題まで噛み砕いていかないと社会実装は起きないということですね。ひとつめの問いでは個と公共をつなぐプラットフォームや場を考えるうえでの技術活用や合意形成の可能性について、功罪両面を議論できたのかなと思います。つづくふたつめの問いでは、テクノロジーを活用しながら場をつくるうえで重要となる思想や哲学について議論を続けていきましょう。