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NEC未来創造会議

2nd Forum SOCIETY
経済成長と地球の持続性を両立する社会の在り方

哲学をもったオープンテクノロジーの復権
──市民中心の課題解決が世界を変える

閉じた技術から、開かれた技術へ

松島:
これまでのテクノロジーが資本主義というゲームのなかでイノベーションを追求してきたとすると、これからのイノベーションはどのように起こしていくべきなんでしょうか。人間とテクノロジーの関係性そのものを築きなおしていくのか考えなければいけなさそうですよね。

江村:
私も斎藤さんが仰っている哲学や思想は重要だと思っています。そのうえで、人のためにどう技術を使っていけるのか考えていく必要があります。NECがかつてC&C(Computer & Communication)という理念を提唱したときも、人を豊かにするためのソフトウェアを開発しようと考えていた。だからいまの時代も持続可能性を担保したり人を豊かにしたりするために新しい技術があるべきで、その理念を考えるために哲学が必要となるのかもしれません。だからNECのような企業も人材のポートフォリオを変えていかなければいけないし、教育のシステムも変わらなければいけない。今年の第1回未来創造会議に登壇された中島さち子さんが取り組まれていたSTEAM教育のように、指導要領や単位に縛られずにやりたいことへアプローチできる仕組みは重要でしょう。

松島:
哲学なきテクノロジーはありえないと以前から江村さんは仰っていますよね。人間の想像以上にテクノロジーが進化している時代において、どうテクノロジーをコントロールしていくべきなのか考えなければいけないのだと思います。

斎藤:
哲学なきテクノロジーはダメだと考える人が増えているからこそ、いま日本でもマルクス・ガブリエルのような哲学者の人気が高まっているのかもしれません。技術はすごく発展していて、なんならAIは人間より賢くなるとも言われますが、実際は技術だけでは問題をぜんぜん解決できないわけです。現にいまウイルスによって私たちが当たり前だと思っていた生活の脆弱性が顕になっているし、これから起きる気候変動などさまざまな問題を技術だけで突破できると考えないほうがいいでしょう。技術の危険性や欺瞞を再認識しないといけないですね。

加速主義の欺瞞

斎藤:
技術って本来はよき生、よき社会、よきコミュニケーションのために開発されるべきですが、野放しの開発が進むとむしろ分断を生んでしまう。特定の人たちだけに役立つ技術があたかも人類全体に利益をもたらすと吹聴されて、そこにお金が注ぎ込まれる。格差をますます広げてしまうような技術は、「閉鎖的な技術」だと思うんです。分断を強めるための、支配を強めるための技術ですよね。いま必要とされているのは、もっと解放的なオープンテクノロジーでしょう。オンライン教育やシェアリングエコノミー、スマートグリッドによる再生可能エネルギーの効率利用とか、コモンを取り戻すためのテクノロジーが生まれてほしい。そこから新たなコミュニケーションやアイデアが生まれてイノベーションにつながっていくような循環が生まれるんじゃないかと。そのためには技術を野放しにせず社会的な規制も必要になるでしょうし、そのうえでは倫理や道徳の視点も取り入れなければいけないでしょう。

松島:
なるほど、開かれているからこそ、倫理的なチェックも働くしコントロールできるようになっていくわけですね。一方で、技術の進化を考えるうえでは近年加速主義のような考え方も表れています。最先端の科学を使ってさまざまな問題を解こうとする人たちも、依然として多いのではないでしょうか。

斎藤:
技術をもっとすごい速度で発展させないと気候変動のような問題を解決できないという話は、一見それっぽく聞こえますが、嘘なんですよね。大規模な技術なんて必要なくて、私たちがただ無駄な生活を止めていけばいい。加速主義に則ると、結局これまでどおりの生活を送るためにイノベーションを生もうとしてしまう。そうではなくて、いままでの生活の愚かさに気づかなければいけないし、これまで見えていなかった世界を知らなければいけない。技術がすべて解決するというビジョンは革新的に思えるのですが、その実すごく保守的です。

市民が中心となる「産官学民連携」

松島:
斎藤さんが仰っているオープンテクノロジーって、まさに山崎さんがポートランドで取り組まれてきたことなのかなと思います。テクノロジー至上主義に陥らずにコミュニティのなかで技術を活用していくにはどうしたらいいんでしょうか。

山崎:
2015年ごろにポートランドの都市計画が注目されて、日本からも多くの方が視察に来られたのですが、そのときに強い違和感を覚えました。多くの企業がどこにどんなセンサーを使っているのかとか、自動運転の技術をどう開発しているのかとか、いろいろ聞いてくるんですが、そんなものポートランドにはぜんぜんないんですね。この街のスマートさや持続可能性は、住む人たちのなかにあるんです。土地に根づいた消費者の目線にあわせて都市計画を進めているのが素晴らしいのであって、プロダクトが重要なわけではない。プロダクトドリブンではなく、カスタマードリブンで都市計画を進めていたことがポートランドの特異性だったわけですから、先端的な技術がたくさん機能しているわけではないんですよね。

松島:
なるほど、やはり人を中心にしながらオルタナティブな価値をつくっていくわけですね。いまやWi-Fiのような通信技術も一種のライフラインですし、どうすれば人に寄り添うかたちで技術を生活のなかに位置づけていけるのか考えていくべきですね。

江村:
技術と社会の関係性が変わっていきましたよね。ただ技術を開発するだけではもはや意味がなくて、ビジョンが先になければいけない。加えて、そのビジョンを実現していくためには、最初に市民を主体として想定しなければいけない。かつてはただ技術を発展させればよかったから産学連携で十分でしたが、「産官学民連携」と言われているように、市民を中心に企業や行政、アカデミアが動いて課題解決や技術の開発を進めていくようになってきた。科学でアプローチできるけど科学だけでは解決できない問題が増えているわけで、市民のなかで議論して技術をどう使っていくのか決めていくことが大事でしょう。それはまさに斎藤さんが仰っていたコモンの考え方ですよね。いいものをつくればなんとかなる時代は終わったので、われわれも早く変わらなければいけないのだと思います。