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NEC未来創造会議

1st Forum INDIVIDUAL
人生100年時代を豊かに生きるキャリア構築

見えない「氷山」をどう捉えるか
──謙虚さと失敗が教えてくれること

海中の「氷山」を知ること

江村:
おふたりの話を聞いていて、「氷山」を思い浮かべました。フォーマットや定式のように学べるものは氷山の海上に出ている部分で、その下側に人の想いみたいなものがじつはある。それは形として見えないから伝えにくい部分なのだけれど、じつはそこが大事なんだなと。NEC未来創造会議を3年続けるなかでも、人間の内面について語られることが何度もありました。コンテキストまでは伝えられるけれど、本当の内側にあるものは一人ひとり異なっている。去年の会議ではUNLEARN/LEARNをテーマのひとつに挙げていましたが、それだけだとまだ氷山の上部だけしか議論できていないのかもと想いました。

松島:
片野さんの仰っているメタ感度も、江村さんの言うように捉えられないものを捉えていくためのものですよね。捉えられない部分を掴むという意味では、片野さんはいかがですか?

片野:
MITメディアラボでの最も大きな学びのひとつとして、anti-disciplinaryという言葉があって。interdisciplinaryは学際性といって日本でもよく使われますが、学問に名前をつけてつなげていくってダサいと言っている人たちがいて。anti-disciplinaryは学問を名前で呼ぶなという考え方で、手法は無限にあるし本質に到達するためなら何をやってもいいと考えるんですよね。分野名をつけて権威づけするな、と。個人的にこの考え方は気に入っていて、明確に分かれているわけじゃないと思うんです。たとえば身近な氷山の下側を覗く方法として、相手が普段聴いている音楽について話すことでその人の感性を探っていくようなことをぼくはよくやっていて。研究や論文の話をするのは氷山の上の部分だけで、むしろパブリッシュされているもの以外について話すのが面白い。趣味に根ざしている部分を聞くことでその人のバックグラウンドもわかるし、なぜその人がそういうものをつくったのか少しずつ見えてくる。偏光フィルターを通してその人を見る感覚ですね。

NECフェロー 江村 克己

無限の選択肢を受け入れる謙虚さ

松島:
「ダサい」というのは片野さんが挙げたキーワードのひとつですが、ダサいかどうかを認識することって、生物的なものなのか、あるいは人間特有のものなんでしょうか。価値観や環境が変化するなかで生物がもっているレジリエンスと、その認識はどう関係しているのかなと。

片野:
ぼくがダサいと思うかどうかはぼく個人の感性によりますが、生物も差分を見つけようとしますよね。たとえば草むらのなかになにかがいそうだったら注視するし。ぼく自身、昔は斜に構えていたので自分がこの人に対して時間を割いてコミットする必要があるか考えることもあったんですが、よく考えると、相手が自分にとって害かどうか、自分にとっていいことをしてくるのかどうかを探るのは、生き物らしい振る舞いなんだなと思いましたね。

松島:
なるほど。しかもそれは考えながらやっているというより、無意識にやってしまっている。

片野:
この研究面白いなと思って話を聞いてみても、その人の考え方がいまいちだなと思ったら興味がなくなってしまいますし。この人ダサいなと思ったら、それ以上深堀りしなくなる。

松島:
それはもうれっきとした感度ですよね。

片野:
ただ、初見でダサいとか受け入れられないとか思ったものでも、いいと思える余地はあると思います。自分の教養がないだけで、コンテキストが説明されると楽しみ方がわかったりする。選択肢自体は無限にあるので、いろいろな楽しみ方ができるんですよね。それを謙虚に受け止めていくことが大事ですよね。

ジャズピアニスト・数学研究者・株式会社 steAm 代表取締役 中島 さち子 氏

個と個の溶け合う状態をめざして

松島:
中島さんにも、氷山についてお伺いできたらと思います。音楽のインプロビゼーションや数学も氷山の奥深くに潜っていくようなイメージがありますが、中島さんは氷山の下部とどうかかわられていると思いますか?

中島:
意識/無意識、個/個じゃないものという二組のキーワードを思い浮かべました。数学でも音楽でも無意識から何かが生まれると思うんです。意識下ではもちろんいろいろ苦闘するわけですが、徐々に無意識やメタ感性のようなものも鍛えられていく。それは失敗の重要性でもあって。失敗するということはまだ見えていないものやわからないものがあるということで、その学びは本当に大きいと思うんです。試行錯誤や悪戦苦闘のなかでこそ、自分のまだ開かれていなかった部分が鍛えられていく気がしています。

松島:
なるほど、成功より失敗の方が得られるものが大きい、と。

中島:
数学者も、たとえばフランスのセドリック・ヴィラニは何かが生み出される瞬間の心の状態について書いていて、最後に神様から直通電話が鳴り響くというふうに表現しているんですよね。

松島:
さすがフランスというべきか、すばらしい表現ですね。

中島:
わーっと音楽が鳴り響くような感じはよくわかります。一方で、数学者の岡潔などを見ていると、日本ではまたちょっと違う感覚があって。道端に咲いている小さなすみれに気づける感覚、あるがままのものに気がつける感覚が重要だと言われるんですが、そこが面白いと思います。若いころはとにかく強烈な刺激を求めるんですけど、深めていくことでむしろあるがままの状態が見えてくるところが面白いなと。ふたつめの問いにもつながるのですが、たとえばジャズのセッションでもSing your own voiceといって自分自身の声で歌うことが大事だといわれるんですが、同時に、これからの時代は個が溶けていくとも思うんです。いろいろなものが混じり合って変わっていったり、集まることで初めて面白い動きが生まれたり。氷山の下の部分についても、単にひとりの人がいるだけではなくて、個と個が溶け合っていくような部分があるからこそ重要なのかなと思っています。