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NEC未来創造会議

4th Forum LEARNING/UNLEARNING
2050年に向けた“学び“と”挑戦”

「答え」より「選択肢」が重要な時代へ
──テクノロジーが多重身体と向き合うための方法論

ひとりの人のなかのダイバーシティ

松島:
NEC未来創造会議では2050年の未来を想定していますが、そのときにテクノロジーは相当ぼくらの社会や生活に入りこんでいるはずです。そのなかで他者とどうつながっていくか、身体がもつある種の畏怖をどう得ていくか、そしてテクノロジーはいかにそれらをアシストしていけるのか考えていきたいと思います。伊藤さんは自著のなかでも筋電義手のような身体の拡張に触れられていますが、トランスヒューマニズムのようなものはどう捉えていらっしゃいますか?

伊藤:
テクノロジーとどう付き合っていくのか、自分のなかでまだ明確な答えはみつかっていません。ただ、人間がそもそももっている身体的な知恵みたいなものと外部にあるテクノロジーを等価なものとして扱えたらいいなとは思っています。障害をもった方と話していると、障害という課題と付き合うためにすべての知恵を総動員されていて。趣味からスキルを引っ張ってきて自分の障害に活用される方もいる。たとえば吃音の方って演技するとどもりにくい場合があるのですが、好きな演者さんを応用できないか研究しています。

松島:
なるほど、応用している。

伊藤:
その方は吃音当事者であると同時にいろいろな面をもたれていて、本人のなかではすべてが重要なわけです。どこかで問題が起きたらべつのところから知恵を引っ張って変形させて適用できる。ひとりの人のなかで多様なものが混じりあって変形していくことって非常にクリエイティブだなと感じています。だから「ダイバーシティ」も人と人の違いというよりひとりの人のなかのダイバーシティの方が重要だなと。人間の身体がもっているテクニックは変形できるもので、とても柔軟なものだなと感じさせられましたね。ただ、外部にあるテクノロジーは多くの人にとってブラックボックス化しているので、提示されている使い方に乗るしかなくなっている。自分のなかのスキルと外にあるテクノロジーが同じくらい変形可能だといいなと思っていますね。

テクノロジーで答えは出さない、サポートする

松島:
伊藤さんの著書のなかでは「多重人格」ではなく「多重身体」があるという話が印象的でした。自分の身体のなかでさまざまなものを使い分けていくようなビジョンは、NECさんの構想している「エクスペリエンスネット」とも通じるものがあるんでしょうか。

江村:
エクスペリエンスネットは体験を共有するものと考えていたんですが、今日の議論を受けて、もっとブラッシュアップできると思いました。先ほどの伊藤さんの話につなげれば、われわれは「ロープネット」をつくらないといけないですよね。

伊藤:
ははは

江村:
そのためには解像度を上げたりVRを活用したりするのとは違うレベルのことをしなければいけないと思っています。これも一種のUNLEARNINGといえるかもしれないのですが、デジタルで情報をたくさん与える構造ではない新しい考え方を入れたほうがいい。たとえば機能を拡張したり補完したりする技術はすでにあるんですが、本来もっている能力を出せるようにしてあげる技術のほうが必要だなと。たとえば病気になったときも薬で治るというより本人のもっている回復力によって治るというように、テクノロジーが人を少しサポートするような構図です。テクノロジーがダイレクトに答えをつくるのではなく、サポート側に回っていくほうがいいのかもしれません。その方がウェルビーイングにも近づくかもしれないと思いました。

松島:
解決策を与えたりパッと拡張したりするのではなく、自分のなかにもっているものを増幅してあげるのだと。『WIRED』でデジタルウェルビーイングを取り上げたときも、自分のなかにもっているものを増幅する「アンプリファイ」という考え方を重視していました。そこにはひとつめの問いでも考えていたような、合理性で割り切れないことすらも可視化してあげることや、気づいていないことをきちんと気づかせてあげることが必要なのかなと感じます。

江村:
じつは、可視化自体はたくさんできますよね。この人の睡眠状態はどうとか、センシングはかなりできる。ただそれをコントロールしていくのは難しくて、すべてをテクノロジーで操作するのはひとつの考え方ですが、自分自身のなかにもっているものをうまく誘発してあげるほうが自然な気もしますね。

個とテクノロジーの対話

松村:
伊藤さんの本を読んでいると、身体が非常に個別的で異なっていることに気づかされますよね。たとえばわたしの娘は毎朝5時に起きて、起きた瞬間から宿題をします。顔も洗わずお茶も飲まず、そのままバッととりかかるわけです。

松島:
最強ですね。もう脳がフル回転している。

松村:
超朝型で。それはほかの家族は誰もできない。それぞれ違うわけですよね。睡眠との付き合い方はすごく個別的だなと。自分がちゃんと自分に合わせてできることをしなければいけない。だから一般的にはレム睡眠のときに起きるのがよいからといっても、全員同じタイミングで起きることを強いられる世界はおかしいなと。自分の特性のように個別的な自分とテクノロジーが対話できるほうがよいなと感じます。マスデータがわたしに指示するのではなくて、わたしとの対話のなかでテクノロジーの動き方が変わっていくほうがよさそうですね。

江村:
いま松村さんが仰ったお話は、義足のような領域ではより重要な問題になっていますよね。同時に、一人ひとり違うものをつくることは現状ビジネスとして成立しない恐れもある。ただ、3DプリンティングやAIがさらに改良されると一人ひとりに合わせたプロダクションも可能になるはずです。一人ひとりが異なっている存在だと考えなおしたときに何をすべきなのかは、2050年に向けて考えた方がいいことのひとつかもしれません。