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NEC未来創造会議

3rd Forum VALUE & TRUST
ミラーワールドにおける“価値“と”信頼“とは?

開かれた「評価軸」に向かって
──カスタムメイドがもたらすスコアリングの新たな可能性

「悪」の認識は共通している

松島:
ふたつめの問いは「『信頼のネットワーク』を構築するためには、何が必要なのか?」です。2050年の信頼のネットワークを考えるうえでどんなインフラやアーキテクチャが考えられるのか。江村さんはどんなイメージをもたれていますか?

江村:
2017年度のNEC未来創造会議でマズローの五段階欲求説からコンバージェンスとダイバージェンスの話があがりましたが、それは今日の議論にもつながるように思いました。マズローの五段階のうち下位のほうはコンバージェンスが進むと言われているけれど、単にコンバージェンスといってもマジョリティとマイノリティの人も同じように挑戦できる環境をつくることは意外と簡単ではないですよね。

松島:
マズローの欲求段階から考えると、今回のテーマである「信頼」は段階の高いほうに位置づけられそうな気もしますが、同時に社会のインフラとして安心感を生むものでもありますよね。信頼はこれからダイバージェンスしていくのか、それともコンバージェンスしていくのか。どう捉えるべきなんでしょうか?

大屋:
仰るとおり、信頼にはかなりレベルの差がありますよね。この人と一生をともにしていいと思えるレベルのものもあれば、隣の席に座っても大丈夫そうだというレベルの低い信頼のある。同時に、われわれは信頼のない人とも共存できる可能性を考えていかなければいけない。そのときに、何が「善」かは非常に多様性が大きいのだけれど、「悪」に対するわれわれの意見は相当共通していると思います。そして悪を排除することについては極めて社会的な合意が極めて形成されやすいし、政府が強制的に排除するような社会システムとも親和性が高い。中国では個人信用スコアが受け入れられているように見えるけれど、中産階級のまっとうな市民であればとれる点数がとれていない人を弾くために使われているとも言われています。図書館の本を返さないとか料理屋の予約をしたのに来ないとか、そういう人は近くに来てもらっては困るとわれわれが言いたがる人たちを弾いているのだと。信用スコアはその排除を実装しているという見方がありますね。

スコアの「使い方」がはらむ問題

スプツニ子!:
わたしはアメリカでUberをずっと使っていたのですが、日本に帰ってきたらぜんぜん車が来なくなってしまって。アメリカと日本で採点の基準が異なっているから、アメリカでは普通の点数でも日本の平均より少し低くなってしまう。

大屋:
採点の仕方は社会に依存していますよね。たとえば日本人が採点した場合、5段階だと2から4にものすごく集中すると言われます。

スプツニ子!:
でも、わたしは未来を体験しているんだと思いましたね。スコアを上げようとしても車が来ないから上げられない。チャンスすら与えてもらえないわけです。

大屋:
現実的にいろいろなものから疎外されていくと、一切やり直しのチャンスが与えられなくなってしまいますよね。スコアの使い方は議論すべき問題でしょう。たとえば点数が低いからお店の予約にデポジットが必要になるくらいならいいけれど、店を使えないとなると人権の抑圧になってしまいますから。

松島:
Uberを使えなくてもほかのサービスがあるというように、オルタナティブがあるかどうかも重要かもしれないですね。

スプツニ子!:
そうですね。オルタナティブがなければ移動さえできなくなりますから。

松島:
テクノロジーを排除する方向ではなくてセーフティネットをつくる方向で使うことがいま課題になっているように感じます。

江村:
みんなが共通にいい・悪いと思うものはスコアリングで判断すればいいと思うのですが、どんどんスコアリングが広がって数字だけが残ってしまうとまずい。そのあたりをリデザインすることが重要そうですね。

松島:
第1回会議でも、情報学者のドミニク・チェンさんがSPIのような検査は生徒をひとつの価値軸でしか測らないのが問題だと仰っていましたね。

江村:
偏差値も同じ問題でしょう。偏差値は総合の点数なので、この人は数学だけはすごくできるみたいな価値を拾っていきづらい。それに囲碁や将棋、スポーツみたいなものは偏差値で測れない。多様なものに対してそれぞれがうまく回る仕組みを個別につくっていける可能性はあるのかなと感じました。

評価軸とウェイトの多様化

松島:
では、価値を分散させるうえで企業と国がどう折り合いをつけてくべきなのでしょうか。社会のデザインを考えるうえで、どういう部分から考えていくのがいいと大屋さんは思われますか?

大屋:
ふたつの可能性があると思っています。ひとつは、信用スコアも複数の企業がつくっていれば、どれが一番信頼できるかなど利用する企業や個人が判断することはできますよね。たくさんの可能性のなかからわれわれが選んでいけばいい。よくないものは選ばれなくなって自動的に市場から消えていくはずですから。

松島:
市場による統治みたいなことですね。

大屋:
そうです。ただ、市場経済に任せると、内在的な機構としてとくにプラットフォームは独占に向かってしまう。そこで国家が独占を禁じることもできますが、今度は国家が独占体であることが問題になってくる。もちろん民主主義国家なら投票がありますが、必ずしも投票が機能しているわけではないし投票がない国もあるでしょう。だから国家が独占を禁じて競争を維持するのもそう簡単ではないですよね。

松島:
国家が介入すればバランスをとれるかといえばそうではない、と。

大屋:
もうひとつの可能性としては、個人ががんばって多様性を担保するシステムがありえるかもしれません。たとえば大学入試のセンター試験は、問題が共通で、評価の方法に多様性があるでしょう。具体的には、うちは5教科すべて見ますという大学もあれば、うちの学部は3科目でいいというところもある。あるいは、5科目すべて見るけど理科の点数はダブルにするというように濃淡を変えて評価することもある。スコアをどういうウェイトで使うかによって利用者が多様性を出すようなシステムもありうるはずです。

松島:
なるほど。

大屋:
カスタイムメイド的なスコアリングシステムと、そのスコアリングの基礎になる情報を提供するプラットフォーマーのような制度設計もありえるかなと考えていたところです。たとえばホテルの部屋を貸すうえで過去にお金を払わず逃げたことがあるかどうかは重要ですが、出身大学は重要じゃありませんよね。ホテルの側でこっち軸は見るけどあっちの軸は見ませんと対処できるようになれば、じつはそこまで問題がないような気がします。

松島:
カスタムメイドするのは面白いですね。それぞれの利用者や各企業が多様な軸と適切なウェイトで活用していく方法には可能性があるかもしれません。