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NEC未来創造会議

1st Forum RELATIONSHIP
“わたし“と”わたしたち“の「分断」をいかに乗り越えるか?

他者の「痛み」を知ること、他者と「笑顔」をつなぐこと
──想像力を育むためのテクノロジーは可能か

痛みを知ること、相手を想像すること

コミュニティと意志の共鳴をめぐる議論は、個を脱して相手を察することの重要性へとたどりついた。では、どうすれば相手を察することができるのか。そこにテクノロジーが寄与できる余地はあるのだろうか。ドミニクは近年「痛み」を論じてきたことを明かし、そこにセンシングを導入することで、相手の立場になって考える想像力が育みやすくなるのではないかと語る。4人の議論は「痛み」や「弱さ」をめぐりながら、再びひとつめの問いでも語られていたコンバージェンスの問題へと回帰し、NEC未来創造会議全体のベースとなる価値観を問いなおしていく。

ドミニク:
いま行政とウェルビーイングの関係について書く連載を1年ほど続けているのですが、そのときにテーマとしたのが「痛み」なんですね。リレーションシップに自律性と他者への慈しみを取り込むためには、この痛みに対する、まさに腹落ちという腹から来る共感が必要なのだと。その痛みの生体ログをとって測定することも考えたりもしています。

たとえばぼくは呼吸を計測するセンサーを1年以上つけていますが、一日のなかで緊張したりリラックスしたり集中したりする様子が呼吸のデータから分析できる。同じようにしてどんなときに痛みを感じるか分析できるようになるかもしれないわけです。痛みが「データ」として出てくることにはすごく強度があると思っていて。つまり、なんとなくの話ではないことがわかる。

きちんとしたエビデンスが入ってくることでなんとなくの印象で論争することがなくなって、むしろ「置き換えの想像力」が生まれる。この置き換えの想像力って、実は芸術や文学が担ってきたことだと思います。芸術や文学に接するとき、人は自分とまったく関係のない物語を読む。東洋の人が西洋の──しかも中世の人の物語を読んで涙を流すことは、まったく知らない他者の痛みに共感することでもある。ただ、SNSではそれが起きないわけです。これは評価主義のひとつの帰結でもありますが、みんなが自分を強く見せて自分の弱みを隠そうとする。

江村:
たしかに、小説や映画だと物語に没入することで自分ごとになっていきますね。SNSがそうならないのは、自分が想像力を強く発動できるほどの情報がないからなのかもしれません。もしかしたら、効率や利便性を追求することで、情報が薄まっているのかもしれないとも思いますね。

SNSは混乱を生む「万華鏡」

ドミニク:
小説や映画だと成功者の物語でも時間をかけて自分のなかに染み込ませていけるけれど、SNSだとそれだけの時間がとれなくてむしろ他人の幸せな姿を見せつけられて落ち込んでしまう人も多い。SNSはいろいろな人の人生が乱反射していて、万華鏡のなかにポンと入れられてしまう状況に近いですよね。しかもそれをぐるぐる転がされて自分の人生を考える余裕さえ奪われてしまう。

江村:
そうですね。先ほどもドミニクさんが共鳴は強い言葉とおっしゃっていましたが、やはり共鳴はそれなりの覚悟がいりますね。

塩沼:
意志の共鳴は難しいですよ。お坊さんでも感情は揺れ動くし、ポジティブとネガティブの間で揺れてしまうから。

松島:
いまのお話を聞いて、スタンフォード大学で行なわれていたVRの研究を思いだしました。そこでは被験者にヘッドセットをつけて、たとえばホームレスの人のような「マイノリティ」を体験させるわけです。すると一気に没入感が生まれてその人の痛みを感じられるようになる。小説を読む体験とはまったく異なっているけれど、21世紀はVRが同じような役割を担うのかもしれません。

江村:
去年のNEC未来創造会議でも「エクスペリエンスネット」というコンセプトが提示されました。そのときは子どもが自分の未来を考えるときにいろいろな職業や状況をリアルに体験できる空間をつくれないかという文脈でしたが、いまの話を考えると子どもでなくても意志の共鳴においては重要な価値をもちますよね。五感などさまざまな感覚が混ざって疑似体験できるような世界を目指してもいいのかなと思っています。

松島:
ドミニクさんが仰っていたセンシングについても、今後は肌触りのようにハプティクスを活用してフィードバックがくるような可能性もありますよね。そういう点では体験と共鳴は今後もアップデートされていく余地がかなりあるように思いました。

誰もが「弱さ」を抱えている

江村:
痛みを理解するうえでは、やはりドミニクさんが先ほどおっしゃっていた弱さを意識しないといけませんよね。こういった議論を行なうとき、しばしばわれわれは人間の弱さを忘れてしまっているような気がします。

ドミニク:
当たり前ですが、強いと言われているような人たちだって弱さをたくさん抱えているわけですからね。

松島:
どんな人も多面的な存在ですよね。

ドミニク:
そう。だけど、いまはまるで欠点がないかのように振る舞わなければいけないと思われている。これは強者もそうだし、就活する学生もそうです。その結果、失敗することを恐れるようになってしまっている。一人ひとりはすごいチャレンジ精神をもっているはずなのに、失敗するのはまずいという価値観が蔓延しています。

松島:
特にいまの学生にはそういうムードが浸透していますよね。

江村:
一番最初に議論していた社会基盤の問題でもありますよね。弱さを見せても大丈夫な、安心してチャレンジできるような方向にコンバージェンスが進んでいない。そこが弱いのでしょうね。

松島:
そうですね。コンバージェンスが安心感を得る方向ではなく強い自己実現を行なうほうに合わせて発動しているのかもしれませんね。

ドミニク:
しかもその「自己実現」そのものも画一化されていて、多様性が失われてきているように感じます。

リレーションシップがないと笑顔は生まれない

松島:
今回の議論ではさまざまなキーワードが出ていますよね。いつくしみや痛み、あるいはある種の困難を選ぶことの重要性、そしてポジティブとネガティブで二項対立させるのではなくポジティブもネガティブも合わせて取り込んでいくこと。すでに社会のなかで活用されているテクノロジーに対して、どうやっていままとめたようなキーワードをインストールしていくべきなのか考えたいなと思っています。

なかでも、「痛み」というキーワードはすごく大きなきっかけになるのではと思っています。自律的に自分たちが能動的に取りくんでいけること、周りの人々の痛みに寄り添うことを考えるうえで、相手のことをまず察してつながるためのテクノロジーがありえるはずなのにいまのインターネットやSNSでは実現できていない。自己実現欲求や自己承認欲求みたいなところまですべてがいまテクノロジーで数値化されて飲み込んでいってしまおうというときに、一度数値化されないものを考える必要はあるのではないかと。今回の議論はみなさんいかがだったでしょうか。

塩沼:
みんなでいいキャッチボールができたような感覚があって、楽しかったですね。ストライクがこう、ストンと入ってくるような感じがありました。

ドミニク:
大阿闍梨が明るく楽しくという話をされていたときに、笑顔じゃなきゃダメだとおっしゃっていましたよね。それを聞いて気づいたのですが、笑顔ってひとりではなかなか生まれない。まさにリレーションシップがあって初めて笑顔が生まれるわけですよね。

塩沼:
正直宗教には限界を感じていて、さらに簡単なアイデアとして笑顔でつながれるかもしれないと思いました。

ドミニク:
笑顔って笑顔になることでつながるんですよね。だからそこにはある種の能動性がある。たまに頭がよくて仏頂面な人がいますけど、ぼくはあまり頭がいいなとは思わないです。

なぜかというと、仏頂面の人は自分で能動的に状況をよくしようとしていないからです。こうした研究はすでにあって、IQや計算能力とは異なる情動知能(Emotional Intelligence)と言われています。能動的に笑顔になるというのはじつは自分の弱さを相手の前に出すことでもある。それ自体はすごく簡単なことなのだから、インターネットの世界でも笑顔になるとはどういうことなのか考えてみるのも面白そうだなと思いました。

江村:
今回「コミュニティ」とか「リレーション」とか言っていましたけれど、そういう表現に頼っていることもちょっとダメなのかなと個人的には感じました。もちろんそれは大事ですが、ドミニクさんがおっしゃっていたような日本的なウェルビーイングだったり笑顔だったり、コミュニティやリレーション以前の、議論の本当のベースになっているのがなんなのかをもう一度考え直さなければいけないなと思いました。そこをきちんと考えなければ次の議論へと進めないなと。

松島:
ありがとうございます。今回の会議は「RELATIONSHIP」というテーマでコミュニティについて議論するようなものとしてスタートしましたが、結果的にはすべての回にかかわってくる、根本の問題意識やテーマを改めて設定しなおしていくようなものでもあったのかもしれません。次回以降の議論もこうした形でテーマを分解しながらもつづけていけたらいいですね。

かくして、2019年のNEC未来創造会議第1回となる有識者会議は幕を下ろした。「RELATIONSHIP “個”と“公”のあいだに横たわる『分断』はいかに防ぐことができるのか?」をテーマに個人と社会の関係性を問うことを目的としてスタートした議論は、ウェルビーイングの概念を軸としながら現代のテクノロジーがもたらした功罪を明らかにし、テクノロジーのさらなる可能性を示唆してもいた。4人の議論はテクノロジーのみならず宗教や文化もふくめた幅広いテーマを飛び交いながら進んでいき、「意志共鳴型社会」というNEC未来創造会議のビジョンそのものもアップデートしたといえるだろう。

つづく第2回の有識者会議のテーマは、「EXPERIENCE “体験”の再定義」だ。インターネットのような情報技術の発展とともない体験の価値は高まっているといわれている。NEC未来創造会議がビジョンとして掲げている「意志共鳴型社会」のなかで、体験はいかなる価値をもちうるのか。そしてそこでテクノロジーはいかに活用されうるのか。多様な個人が豊かに生きる社会のあり方を模索していくべく、これからもNEC未来創造会議は議論をつづけていく。

会場:NIPPON GALLERY TABIDO MARUNOUCHI
/ 凸版印刷株式会社