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NEC未来創造会議

キーワード解説 「未来」を生み出すデザイン~問題を再定義して思考を促す、スペキュラティブ・デザインとは

「スペキュラティブ・デザイン」と呼ばれる一般には聞き慣れない新しい思考法が、解決困難な問題に挑むための手法として注目されています。スペキュラティブ・デザインという言葉は、「熟考する」「推論の」「投機的な」といった意味を持つ「スペキュラティブ」と、直面する問題の解決策を探る行為である「デザイン」を組み合わせた造語です。ソニーの工業デザイナーとして東京で働いた経験がある、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)のアンソニー・ダン教授が、未知の解決策を探り出すための方法論として提唱しました。

取り組む問題自体を疑い、よりよい未来を思索

一般人には解決困難と思われる難しい問題でも、その分野の経験豊富な専門家ならば、素早く簡単に答えを出すことができます。人間は、生きる環境の中で経験を積み、常識を身につけることで効率的に正確な答えを導き出せるようになりますが、時として、経験や常識が思考に偏りを生み出し、最適解を見つけられなくなることがあります。

スペキュラティブ・デザインは、こうした学習能力の裏返しである人間の欠点を補う思考法です。どのような問題にも、それが生じた状況や原因が背景にあります。未知、未体験の世界もあります。目前の問題だけを直視すると解決不能に見えても、視野を広げて問題を再定義すれば、簡単に解決できる場合があるのです。スペキュラティブ・デザインとは、まさにこうしたアプローチで解決すべき問題自体を再定義する思考法です。

なぜ、いまスペキュラティブ・デザインなのか?

21世紀に入っても世界では地球温暖化、人口爆発、貧富の差、資源の枯渇など、日本では少子高齢化など、簡単には解決できない問題が顕在化してきました。これらの問題の解決なくして人類の持続的発展は望めない状況です。国際連合は「持続的な開発目標(SDGs)」と呼ばれる17の目標をまとめ、その解決に向けて世界中の国や地域の協力を促しています。

ただし、現在直面している問題の多くは、これまでの価値観や問題解決の発想では解決困難です。20世紀後半、私たち人類は、大量生産・大量消費を背景にして世界経済を急成長させてきました。その間、一人ひとりの生活者、企業、政府などは、暮らし向きや経済をより豊かなものにするために、数々の問題を解決してきました。こうした豊かになるための問題解決の過程で得た経験や常識、価値観は、地球温暖化など現在も顕在化している問題の解決に役立つどころか、逆に解決を阻む面が出てきています。

スペキュラティブ・デザインが今注目されている理由は、いま直面する解決困難な問題の解決策を、これまでの経験や常識、価値観を拭い去って考える必要が出てきているからです。

スペキュラティブ・デザインによる思索例

直面する問題を効果的に解決するための手法として、近年、「デザイン思考」と呼ばれる思考法が注目されてきました。問題提起型の思考法であるスペキュラティブ・デザインと、問題解決型の思考法であるデザイン思考は、利用目的も発想も対照的です。どちらが優れているというのではなく、取り組む問題の質の違いに応じて、これら2つの思考法を使い分けることになります。

デザイン思考は、ユーザーが求める製品やサービスの創出や、ビジネスにおいて顧客や株主などの期待に応える方法を見つけることを目的とした思考法です。簡単にいえば、顧客の要求や期待に応える方法を考えます。これに対し、スペキュラティブ・デザインでは、顧客の要求自体にも疑いの目を向けます。足元にある消費者の要求や思惑に沿っていては解決できない問題を考える場合や、手付かずのイノベーション創出に取り組むスタートアップのビジネス開発などに効力を発揮します。

アンソニー・ダン教授は、RCAのフィオナ・レイビー教授との共著である『Speculative Everything(日本語版『スペキュラティブ・デザイン』)の中で、デザイン思考とスペキュラティブ・デザインの対比を、「Affirmative(肯定的)」と「Critical(批評的)」、「Problem solving(問題の解決)」と「Problem finding(問題の発見)」、「For how the world is(いまある世界のため)」と「For how the world could be(実現するかもしれない世界のため)」、「The "real" real("現実的"な現実)」と「The "unreal" real("非現実的"な現実)」という4つの軸で説明しています。

2019年11月にNECが開催した「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」では、アンソニー・ダン教授が登壇。「UMK(United Micro Kingdom)」と呼ぶ独自の政治思想とテクノロジーを持つ4つのパラレルワールドを想像し、未来の社会とテクノロジーの関わりについて洞察するスペキュラティブ・デザインの実践例を紹介しました。

同氏が挙げた4つのパラレルワールドとは、新自由主義とデジタルテクノロジーが結びついた社会「Digitarians」、共産主義と核エネルギーがつながる「Communo-nuclearists」、社会民主主義とバイオテクノロジーをかけ合わせた「Bioliberals」、無政府主義と自己実現を組み合わせた「Anarcho-revolutionists」というものです。そして、ダン教授は「共産主義の国がつくるAIは、資本主義の国のそれとはまったく異なります。政治思想の違いに基づく社会のかたちとテクノロジーの位置づけや進化の方向性について、慣れ親しんだ現実世界の常識を拭い去って考えることで、想定外の起こり得る未来について考えることが重要です」と語っています。

こうした常識に囚われない発想からの思考法は、身近な場所でも応用できます。例えば、2020年7月から日本では買い物のレジ袋が有料化されました。プラスチック・ゴミ問題の解消を狙ったものです。従来の経済効率と消費者の利便性を重視した発想にこだわれば、環境に優しいプラスチックの代替材料の低コスト化に邁進していたことでしょう。しかし、問題の本質に立ち戻り、買い物するたびにレジ袋を消費する習慣を正すことの重要性に気づけば、ずっと現実的な答えが見えてきます。

未来に目を向けさせる思考法

過去には買い物かごを持って買い出しにいく時代がありましたが、いつしか廃れてしまいました。一度、常識から外れてしまった習慣の普及に注力する現在の政策は、あるべき未来の姿を思い描けば合理性があります。

ビジネスや生活の中で直面する問題を解決する際、多くの場合には問題解決型の思考法で考えることがほとんどです。しかし、今の時代はこれまでの常識が通用しない、解決困難な問題が数多く出てきています。スペキュラティブ・デザインは、私たちの目を未来に向けさせてくれる思考法であり、身に着けることで社会のさらなる発展が期待できるでしょう。