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NEC未来創造会議

これからの社会、これからの技術

NECが2017年度から始めたプロジェクト「NEC未来創造会議」。2050年の未来を考えるべく始まったこのプロジェクトは、領域を問わずさまざまな有識者を招きながら毎年議論を重ねてきた。議論のもとで新たな社会を構想するビジョンやそのための共創活動も始動するなかで、本プロジェクトを牽引してきたNECフェローの江村克己はいまこそ「技術」のあり方を考えるべきだと語る。長年にわたり最先端で技術の進化に寄り添ってきた江村が綴る、これからの社会のためのこれからの技術とは。

#9 技術を活かすために必要な倫理と心

深さ・広さ・長さを考える

一連のこのコラムでは「これからの社会、これからの技術」と題し、変化が激しい時代だからこそ、技術を切り口に、人、社会、環境、未来を議論するという観点から発信をしています。今回は、技術がカバーする範囲と技術を活かすために意識すべきことについて考えてみたいと思います。

まず議論すべき範囲の大きさについてです。前回、氷山を例にとり、人については、外面のみならず内面を意識することが重要になっているということに触れました。ある意味で、これは深さを意識することに対応すると思います。次に考えるべきことは、カバーするエリアの広さがどこまでかということです。例えば家庭、会社、まち、国、地球さらには宇宙など、どの広さで議論をするかによって論点も変わりますし、考えるべき課題や解決策としての技術が変わります。例えば地球環境問題はローカルには解けない問題になっており、世界で対応することが必要になります。ここでの論点は広さを意識することです。もうひとつの論点は時間軸です。日常生活や事業をしているとどうしても近視眼的になりがちです。NEC未来創造会議では、2050年を意識した議論をしています。カーボンニュートラルの実現目標が2050年になっていることを考えると、2050年はそう遠くない未来とも言えます。インディアンは7世代先の子孫のことを考えて、自分達の行いのために子孫に負債を背負わせない生活を送り、豊かな自然を次の世代へと受け渡しているといわれています。私たちも、もっと長い時間軸を意識することが必要になっているのかもしれません。

NEC未来創造会議では、人、社会、環境、未来の4つの切り口で議論をしていますが、これがまさにわたしたちが考えるべき範囲、人という切り口での“深さ”、環境を含めた社会の空間の“広さ”、過去から未来への時間軸の“長さ”に対応しているのだと思います。ともするとわたしたちは身近なところ、近い時間帯、表層に見えることに意識がいきがちです。考えるべき範囲はとても広いということを意識して、検討していることの意味をときどき考えてみることが必要ではないかと思います。

地球物理学をベースに地球史を研究している人たちは太陽系の中の惑星として地球をとらえ、45億年前に地球が誕生、700万年前に人類の祖先が誕生したというスケールで議論をしています。地球の生態系をひとつのシステムと捉え議論をしていることにも興味を惹かれます。彼らの議論のスケールで言えば、2050年までの30年の議論は一瞬にも満たないのかもしれません。一方で技術が大きく進歩したことにより、わたしたちの身の回りでの変化は激しさを増しています。技術の進化が地球というシステムがもつ悠久の大きな流れに対し、歪をつくり出していると考えることも出来ます。このような状況にあるからこそ、技術を扱うわたしたちが意識すべきことがより多岐にわたるようになっていると思います。関連する内容を以下に触れたいと思います。

いま技術に求められる倫理

ノーベル賞を受賞した「ナッジ理論」という行動経済学の考え方があります。ナッジ(Nudge)とは、ヒジでちょっと突くという意味です。ナッジ理論は、小さなきっかけで人々の行動を変えることを狙います。ナッジを上手く使えば、人のWellbeingを高め、社会をより豊かにすることができます。一方で、世の中をある方向に誘導することにも使えます。代表的なものとしてケンブリッジ・アナリティカ事件があげられます。2016年の米大統領選挙において個人情報を利用し、対象者に誘導情報を流すことで選挙や国民投票結果に影響を与えたのではないかといわれる事件です。このように技術と社会の関係が近くなってきているので、技術を扱う人には高い倫理感が求められるようになっています。

少し前に、マイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」での哲学や倫理の議論が話題になりました。そういった議論を技術開発のプロセスのなかでしっかり進めることが必要になっているのではないかと思います。技術者が倫理について学ぶ機会をしっかり確保することが必要ですし、企業や大学、研究機関が対応する教育や研修プログラムをもつことも必須になっていると思います。

コロナ禍で技術をグローバルに活用することの重要性と難しさが浮き彫りになりました。地球温暖化への対応も待ったなしです。利害の対立を超えていかにグローバル連携を行うかを考えることが不可欠になっています。また生命科学やAIといった技術そのものがディスラプターになる可能性も高まっています。技術を適正に使っていくためにも、技術者の倫理観や社会課題への理解を高めることが必須になっています。適切な規制や標準化を行うなどの制度設計もより重要になります。人文社会科学の英知も取り入れながら、ダイバーシティに富む人材がイノベーションに取り組むことが不可欠で、そこに多くのチャレンジがあると考えています。

遠回りで面倒くさい道を選ぶ

社会の不確実性が増せば増すほど、こころの豊かさとレジリエンス(柔軟さ)を高めることが必要になってきています。人のこころのあり方を見定め、精神の柔軟性を高めていくための取り組みが重要になってきていると感じています。例えばWellbeingがよく取り上げられるようになり、宗教や瞑想が見直されています。NEC未来創造会議の立ち上がりから有識者メンバーとして参加いただいている塩沼亮潤大阿闍梨からはいつも気づきをいただいています。塩沼さんは、簡単で早く行ける道と遠回りで面倒くさい道があれば、必ず後者を選ぶと言っています。遠回りで面倒くさい道で繰り返し挑戦することによって見えない人間力が育ってくるとのことです。技術に取り組む人間は、科学技術を進歩させればすべて問題解決ができると考えがちです。塩沼さんは「人工知能はできるが人工ハートは出来ますか?」という問いを発しています。一方で「足るを知る」ということが重要と指摘された上で、そのためにもっともっとという気持ちに警鐘を鳴らすAIは出来るのではないかとも言われています。

技術の活かし方をしっかり考えることが求められています。技術を世の中の効率化に使うことで、時間が限られている中で私たちが人間力を磨いたり、こころが通じ合うつながりをつくったりするためにより多くの時間を使うようにすることが大切ということなのだと思います。快適である(簡単で早く行ける)ことだけを意識すると、人間力を磨くようなことが遠回りで面倒くさい道に見えてしまうのかもしれませんが、そちらの方がこころの豊かさへの近道と言われているのだと思います。冒頭で、人という切り口で技術の深さを考えることが必要と述べました。その意味では、人間のこころの研究やメンタル面での能力を高めるための検討がこれからは重要になってくると考えられます。塩沼さんが円覚寺の横田南嶺管長と対談された本のなかでブッダの言葉が引かれていました。「健康が最高の幸せであり、足ることを知ることが無上の喜びであり、良き仲間が最高の財産であり、心の平安こそが最高の幸せである。」