サイト内の現在位置

NEC未来創造会議

これからの社会、これからの技術

NECが2017年度から始めたプロジェクト「NEC未来創造会議」。2050年の未来を考えるべく始まったこのプロジェクトは、領域を問わずさまざまな有識者を招きながら毎年議論を重ねてきた。議論のもとで新たな社会を構想するビジョンやそのための共創活動も始動するなかで、本プロジェクトを牽引してきたNECフェローの江村克己はいまこそ「技術」のあり方を考えるべきだと語る。長年にわたり最先端で技術の進化に寄り添ってきた江村が綴る、これからの社会のためのこれからの技術とは。

#8 人間の内面を理解する「エクスペリエンスネット」という可能性

海中の「氷山」を捉える重要性

今年度の第一回有識者会議は、「人生100年時代を豊かに生きるキャリア構築」がテーマでした。そのなかで、氷山に例えて人の意識や感性について議論しました。氷山は、海面上に出ているのは1割強と言われています。人についても、外見で判断できるものと、内面に隠れているものがあり、豊かに生きることを考えるにあたっては、内面を考えていくことが重要になると考えられます。氷山の例えは、議論すべきところを観念的に捉えていますので、まずはその意味するところをひも解いていきたいと思います。

昨年度の有識者会議では、多くの事象が限られた指標で評価されていることの問題を議論しました。評価のために数値化をするということは、表面に出ているものを単にデータ化する場合もありますが、複数の要素をデータ化した上で無理やりひとつの指標に押し込めるという場合もあります。偏差値や飲食店サイトでの評価などはこれにあたります。人間には一人ひとり異なる特長があり、力を発揮できるところも異なります。食べ物の好みも異なりますし、飲食店の雰囲気の好みも異なります。それらが偏差値やお店の点数という単一指標で評価されます。

日本では特に顕著かもしれませんが、ここに「数値信仰」という状況が重なると、その背景にある多様なものが置き去りにされてしまうことが懸念されます。データ化しやすいものは表面に出ているものが多く、安易なデータ化だけでは本質をとらえきれない可能性があるからです。背景にあるものこそが、氷山の海中にある部分であり、無意識的な感情や身体的な感覚などがそれにあたりますが、ともすると軽視されてしまいがちです。有識者として会議に参加された中島さち子さんが、「何かが生まれるのは、最後は無意識から」と話していたことは象徴的ですが、感性さらにそれに+αした「メタ感性」(有識者の片野晃輔さんが紹介された概念)など、表層には出ない内面の奥深くから多くのことが起きていることを意識することが必要になります。

経済成長だけが「成長」ではない

今年度のNEC未来創造会議の主要な論点は、成長と地球の持続可能性を両立させながら、如何に豊かな社会を創るかというところにあります。ここでまず考えるべきが「成長」という概念の捉え方です。ともすると成長といえば経済成長と捉えがちです。その場合、評価尺度がお金になり、そのために歪が多く見られるようになっているようにも感じます。社会のなかで経済格差も拡大しています。日本のGDPは伸びつづけてきましたが、国民の幸福度は上がっていません。経済資本(Economic Capital)を主に議論することの限界です。経済資本のほかにも、文化あるいは人間資本、社会関係資本を意識することが重要です。経済資本はわかりやすく、氷山の上面に出ている指標といえます。人間資本や社会関係資本では、人のもっている能力や人的ネットワークといったものの価値に目を向けることになります。

少し前に、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授が著した『ライフ・シフト』という本が話題になりました。この本では人生100年時代を迎えるにあたって、どのような生き方をこれから模索していくべきかについて、多くの示唆がなされています。この本のなかでグラットン教授は、お金に代表される有形資産に加え、無形資産に光をあて、両者をバランスさせていくことの重要性を指摘しています。無形資産としては、新しいものを生み出していく力(創造性)、やる気やそれを支える肉体・精神両面での健康、常に変わりつづけるためのオープンな意識と人的ネットワークが重要になると説いています。これらも内面に係るものであり、知識として得るものではなく、体験から身につけ、内面を磨いて得るものだと思います。

このようなことを意識すると、わたしたちが成長を議論するときに、もっと内面的な成長を考えるべきと考えます。これが成長と地球の持続可能性を両立させながら、豊かな社会を創ることにもつながるのではないかと思います。内面を高めるという意味では、個々人が常に自己を磨き続けることが必要になります。日本の十大発明家のひとりで、NECで現在のFAXの基礎となる独自方式の「NE式写真電送装置」を発明し、1928年に行われた昭和天皇即位式の写真電送を実現した丹羽保次郎さんは「技術は人なり」というメッセージとともに、特に技術開発にかかわるわたしたちに重要な示唆を与える以下の言葉を残しています。「技術は多数の要素が総合されたものであり、技術者の構想を多分に必要とする。技術も文学や美術と同じく、やはり人が根幹をなすもの。技術者は常に人格の陶冶を必要とする」。

先般、国の研究開発プログラムに参加する若手研究者に、米国で成功したアドバイザーがInnovative(挑戦する力)、Resilient(強靭で柔軟)、GRIT(やり抜く力)をもつべきとの示唆を与えていました。これも大変参考になります。社会の変化と技術の進化が激しいなかで磨くべきものは何かを意識していくことが重要になっています。

情報ではなく体験を共有する

内面の理解が重要なことを受けて、技術的な取組みも数多く行われています。いろいろなセンサーデータを活用して、外的に得られるデータから内面を推定しようというアプローチがそのひとつです。これによってサービスのパーソナル化をしようという取り組みもあります。さらには、脳情報を利用する取り組みも進んでいます。人間の外面と内面を一致させることがどこまで可能かは、しっかり見極めるべきと考えています。適切に技術を使うことへの見識を高めることが必要になっています。

NEC未来創造会議では、これから目指すべき社会として「意思共鳴社会」というビジョンを提示するとともに、今後の技術的に取り組むべきものとして「エクスペリエンスネット」の実現をあげています。現在のインターネットは集約化された情報を伝えています。そのため氷山の上に出ている情報を伝えることが主になりがちです。これに対しエクスペリエンスネットでは、例えば空間そのものを離れたところに再現できれば、集約された情報ではなく、体験を共有することができるようになるという考え方をとっています。ここにはパラダイムの転換があると考えています。空間の再現というと超えるべき壁は高いですが、体験や体感を共有するという観点から考えるといろいろなアプローチがありえます。

昨年度のNEC未来創造会議で、目の不自由なランナーと伴走者は一方の紐で手をつないでいるだけなのに、相当な意思疎通ができるという話がありました。目的を明確にしたときに、内面も含め重要な意図をつなげる手段はいろいろあるということです。上記の伴走の事例では、デジタル化せずに紐というアナログ的な手段によっているからこそ、意思疎通が可能になっている面もありそうです。デジタルを徹底的に活用するとともに内面を含めたコミュニケーションのあり方を、別の角度から考えていくことも今後重要になると考えています。