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NEC未来創造会議

これからの社会、これからの技術

NECが2017年度から始めたプロジェクト「NEC未来創造会議」。2050年の未来を考えるべく始まったこのプロジェクトは、領域を問わずさまざまな有識者を招きながら毎年議論を重ねてきた。議論のもとで新たな社会を構想するビジョンやそのための共創活動も始動するなかで、本プロジェクトを牽引してきたNECフェローの江村克己はいまこそ「技術」のあり方を考えるべきだと語る。長年にわたり最先端で技術の進化に寄り添ってきた江村が綴る、これからの社会のためのこれからの技術とは。

#4 人と技術で新しい社会を創る

これからの人、仕事そして技術

今回は、人が豊かに生きるより良い社会を創っていくために技術をどう活かしていくかについて考えたいと思います。第2回のコラムで人間の機能拡張に技術を活かすことに触れましたが、それは人と技術の役割分担を考えることでもあります。少し前に「シンギュラリティ(Singularity、特異点)」という言葉が随分取り上げられました。シンギュラリティとは、米国の未来学者レイ・カーツワイルがその著書“The Singularity Is Near"で提唱した概念です。人工知能(AI)が人類の知能の総和を超える技術的特異点とも言われ、2045年にはこの特異点が来るとカーツワイルは予想しています。コンピューティング能力という観点からとらえると、早晩この特異点がくることは間違いありません。知能という面でのシンギュラリティに関しては、批判的な議論も含め、様々な意見があるので、ここで論評することは避けたいと思います。人間だからこそもつと考えられてきた知能に関しても、あるレベルで技術がカバーできるようになってきているということをしっかり意識しておくことは必要でしょう。

シンギュラリティの議論とともにAIに仕事が奪われるということが話題になりました。この議論に関しては人間とAIの役割分担の問題と捉えるべきで、AIに代替される、あるいはAIが代替した方が良いタスクがあるととらえるのが良いと思います。人間が必ずしもやる必要がないタスクをAIやロボットなどの技術で置き換える。本質的に人間がやるべきことについては、そのサポートあるいは機能拡張のために技術を使うということを基本の考え方とすべきです。NECは2018年に、「シンギュラリティは起きるにしても、AIが人を支配するということはNECとして起こさない」というメッセージを発信しました。2019年には、社会に受容されるAIの提供に向けて「NECグループAIと人権に関するポリシー」を制定しました。企業として技術を正しく使っていくことの意志表示でもあります。技術に対してしっかり意識をもって取り組んでいくことが必要になっているのです。

第一次産業革命の際に、イギリスで繊維工業を中心に、職業が失われることを危惧した職人や労働者による機械打ち壊し運動が起きました。これはラッダイト運動と呼ばれています。ラッダイト運動はありましたが、第一次産業革命は、社会を大きく変え、新しい職業や社会制度を生み出しました。AIやロボット技術が進展している今、私たちはもう一度、技術と人の役割分担について見つめ直すことが求められているのだと思います。その議論をする上でのひとつの視点は、人と技術、それぞれの特性を明確にすることです。AIやロボットは論理的に知識ベースで対応をします。この特性を考えると定常的な業務をAIやロボットで置き換えるのが理にかなっていると言えます。定常的な業務はAIやロボットの導入で徹底的な効率化を実現することができます。一方で、人は知性をベースにして、感性や感情によって対応をします。この特性は、新しいことを創造することに長けていると言えます。新しいことの創造は、答えが見えないなかでの取り組みとなるので、多くの失敗を許容しながら進めることが必要になります。NEC未来創造会議でもこれまでに有識者から「無駄のバリューアップ:無駄と言われているものの価値がどんどん上がる、その中に人間の豊かさがある」(スプツニ子!さん)や「試行錯誤や悪戦苦闘のなかでこそ自分のまだ開かれていなかった部分が鍛えられる」(中島さち子さん)といったコメントをいただいています。人の自由な挑戦を可能にするためにも、AIやロボットに定常業務を任せ、新しい創造に使える時間や人材を増やすことが必須です。これが技術と人の役割分担を考えるひとつの視点になります。

人が重点的に取り組むべきこと

NEC未来創造会議では人が豊かに生きる社会を考えるにあたり、マズローが自己実現理論で提示している欲求5段階説を参照して議論しています。5段階欲求の底辺の側にあるのが、生理的欲求、それに次ぐのが安全の欲求です。これらをカバーするためには社会的な仕組みを拡充していくことが大切で、これらはケヴィン・ケリーさんが言っているように均一化(コンバージェンス)していきます。この均一化のためには技術を徹底的に活用すべきではないかと考えています。安全の欲求に関しては、最近は心理的安全(Psychological Safety)の重要性が言われています。こちらに関しては人の意識を高めていくことが重要になります。上位の欲求である、尊厳の欲求や自己実現の欲求を満たすのは一人ひとりの意識や活動です。自己実現に関しては、それぞれ目標とするところが違うので多様化(ダイバージェンス)への意識が大切になります。尊厳や自己実現に関しては、あくまでも人を中心に議論をすべきですが、多様な評価軸を受け入れる社会システムの構築のために、技術を活かしていくことを考えることも重要です。ここにも人と技術の役割分担の視点があると考えています。

今年、コロナウイルスによるパンデミックが社会に激震をもたらしています。その中で多くの人たちが気づいたことがエッセンシャルワークの重要性です。フランスの経済学者ジャック・アタリは「命の経済(Economy of Life)」という概念を提唱しています。医療従事者はもちろんですが、物流、教育、イノベーション、文化・芸術関係も命の経済に必要な職業と言っています。いずれも人が豊かに生きるために不可欠な職業であり、現状では人が主体的に取り組むことが必要なものです。人が重点化して取り組むべき領域へのヒントがここにもあります。命の経済を支える人たちへのリスペクトを高めるとともに、社会システムとして、さらには最先端技術でどうサポートしていくかをしっかり検討していくことが重要になっていると痛感しています。