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NEC未来創造会議

これからの社会、これからの技術

NECが2017年度から始めたプロジェクト「NEC未来創造会議」。2050年の未来を考えるべく始まったこのプロジェクトは、領域を問わずさまざまな有識者を招きながら毎年議論を重ねてきた。議論のもとで新たな社会を構想するビジョンやそのための共創活動も始動するなかで、本プロジェクトを牽引してきたNECフェローの江村克己はいまこそ「技術」のあり方を考えるべきだと語る。長年にわたり最先端で技術の進化に寄り添ってきた江村が綴る、これからの社会のためのこれからの技術とは。

#2 「技術」は人と社会をいかに変えてきたのか?

Society5.0へとつながる社会

この連載を通じてこれからの技術について考えるために、まずはこれまで技術がどのように位置づけられてきたのか考えていきたいと思います。人類の歴史を振り返ってみたときに、本当に大きな変革を起こしてきたのはつねに新しい技術でした。近年は「Society 5.0」の実現が謳われており、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会を経て5番目の社会がまもなく訪れるのだと言われていますが、ひとつの社会からつぎの社会への移行を注視すると、技術が変革の鍵となっていたことがわかります。

たとえば狩猟社会から農耕社会へ移るうえでは、農耕器具が重要な役割を果たしました。農耕社会から工業社会へ移るときには、第一次産業革命によって内燃機関が生まれたことでさらに大きな変化が生じています。自動車のようなモビリティの変化も生じましたし、石油をベースにした化学製品も盛んにつくられるようになりました。加えて、農業においても肥料の開発が進み、生産効率はドラスティックに向上しています。かつてはほとんどの人が農耕に従事していましたが、いまや日本の農業人口は全体のわずか3%にすぎないと言われています。それだけでも十分な量の食糧をつくれるようになっているのです。続いて、コンピュータやデジタルテクノロジーが登場したことで情報社会へと移行しました。デジタルに情報を扱えるようになり、NECがC&Cを掲げたようにコミュニケーションを含め社会に変革をもたらしました。

技術の進化が加速しているため、社会も早く変化するようになっています。2万年以上続いた狩猟社会から移行した農耕社会は2000年続きましたが、工業社会は200年、情報社会は現状で約70年です。社会の構造が変わるまでのスパンがどんどん短くなっています。Society5.0が実現したとしても、10年程度で次の世界にかわるのでしょうか? それは、社会の変化をどうとらえるかにかかっていると思います。これまでは目に見えるもの、たとえば便利さが格段に変わったことが社会の変化の象徴でした。Society5.0が人間中心の社会を創ると言っているのが象徴的ですが、社会の変化の捉え方が変わってきているのではないかと感じています。

これまで技術がなぜ大きな変革を起こしてきたかといえば、それらがつねに「壁」を打ち破ってきたからでしょう。工業社会は自動車を生み出したことで「距離」の壁を壊し、情報社会は遠く離れた場所を一瞬でつなぐことで「時間」の壁を壊しました。だからこそ、つぎに破る壁が何なのか考えることがこれからの技術のあり方を考えることにもつながっていきます。NEC未来創造会議でも議論は重ねていますが、私たちは「人の意識」が次の壁になるのかもしれないと考えています。文化や思想の対立によって生まれる壁が、いま大きな問題を引き起こしているのですから。

次に解くべき課題は人間の側にあるということでしょう。氷山と同じようなもので、これまで技術が変えてきたことは氷山のなかでも海の上に出ている部分にあたる誰にでも見える事象でした。実際の社会には、人間の内面や場の雰囲気(コンテクスト)など海中の氷山のように、見えづらいがより膨大な“コト”が存在しています。この海中の氷山にあたる部分にアプローチしなければ、いま社会が直面している課題を解決することはできなくなっているのだと思います。

個人の能力をいかに拡張していくか

技術の位置づけを考えるうえでは、個人との関係性を振り返ることも重要です。ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』を読むと、個人の能力だけを見れば昔の方がはるかに能力は高かったことがわかります。脳の体積もいまより大きかったといわれますし、視力も高かった。嗅覚も相当発達していて、かすかな匂いも嗅ぎ分けられたといわれています。これらは自然の中で個人が生きていくために必要な能力でした。しかし、社会によって安全が担保されるに従って、人間は徐々にこうした能力を失っていきました。一方で、技術によって失った能力を補完してもいます。視力が落ちればメガネをかければよいし、もっと遠くを見たいならば望遠鏡を使えばよい。あるいは記憶力が低下しても、スマートフォンをもっていれば多くのことを記録できます。だから自分の身の回りにあるものを含めれば、人間の能力は上がっているともいえるのかもしれません。英語でいうHuman Augumentation、すなわち人間拡張です。

技術による人間の能力の拡張に依存するのは良いことばかりではありません。レコメンドエンジンにオススメされたものしか買わなくなってしまうように、自分の意思さえも失って技術にコントロールされている人もいるはずです。自分に足りないものを補うことも重要ですが、同時に自己がしっかり確立されていることが求められるようになっているのだと思います。これまで技術が人間の個別の能力を拡張してきたとすれば、人としての能力と生き方を高めていくためのベースとなるプラットフォームをつくることも重要になります。いまは目が悪くなったらメガネをかけるような状態ですが、IoTが発展すれば人が気づかないうちに多面的なサポートがされているような仕組みもつくられるかもしれません。私たちもNEC未来創造会議を通じて「エクスペリエンスネット」という体験共有のためのプラットフォームを構想しましたが、空間そのものをリッチにしていくとともに、その中でできることを考えていきたいと思っています。

NEC未来創造会議では個人を考えるうえで、たびたびマズローの欲求段階説の話をしてきました。ケヴィン・ケリー氏は欲求について、基本的な欲求は均一化(コンバージェンス)していくと語っており、代表的な例として世界中のトイレが同じ型になってきていることを挙げています。安全に基礎的な生活を送る欲求はひとつのあり方に集約していく中で、ロボットやAIの自動化によって実現できることが増えていくと考えられます。一方で、自己実現などより高次の欲求については、個々人の目指すものが異なることから多様化(ダイバージェンス)していきます。NECもかつては安全・安心・効率・公平の実現を掲げるなかで公平に「equality」をあてていたのですが、自己実現を達成するための機会の公平性を表現するという観点から「fairness」とし、その優先度も上げています。ConvergenceとDivergenceへの意識は、企業のあり方についても示唆を与えます。NECもものづくりの企業だったころは、ぶれずに効率よく製品をつくるために、社員に同じ行動をすること(均一化)を求めていました。これからNECが社会課題を解決し、新しい価値を創っていくためには、個々人が多様な能力を発揮していくことが重要になります。NEC未来創造会議では偏差値社会の問題点についても議論しています。偏差値というひとつの評価軸だけで人の能力や価値が判断されることの問題です。人それぞれがもつ能力を活かせるようにしていくことが必要になる中で、そういった場を、その評価手法を含めて、提供することが重要になります。そのために技術がどんな貢献が出来るかをあわせて検討していきたいと思っています。