Forum Report

人が豊かに生きる未来のために
技術は何を目指すべきか
第2回会議 レビュー①

「NEC未来創造会議 2018」の第2回目の有識者会議が開催されました。前回第1回会議の議論の内容を踏まえてNEC未来創造プロジェクトが考える「実現すべき未来」のアイデアの提示からスタート。本記事では、会議の前半の部分をダイジェストでレポートします。

NEC未来創造会議メンバーの写真

第2回有識者会議参加メンバー

ソフィアバンク代表

藤沢 久美 氏

ファシリテーター

Ignition Angels マネージングディレクター
EDGEof 共同創業者

ダニエル・
ゴールドマン 氏

慈眼寺住職 大阿闍梨

塩沼 亮潤 氏

ロフトワーク 代表取締役

林 千晶 氏

岡山大学文学部准教授

松村 圭一郎 氏

NEC CTO

江村 克己

Topic1
ひとりひとりの意思による行動が原動力
「意思駆動型デジタルツイン」

NEC CTO江村克己は、冒頭のあいさつで「NEC未来創造会議」の目標と第1回会議の内容を振り返りました。前回、そして昨年の会議でも話題に上ったテクノロジーと人間の幸福度に触れて以下のように述べました。
「テクノロジーが進むことによって人間の能力が退化しているのではないかといった指摘があった。便利になっていく環境の中で、私たちがより良く生きるためには何をしなければならないのかということを考えていく必要がある」
これは、NECが掲げる「人が生きる、豊かに生きる」にも通じるテーマで、そのために技術は何をするべきかを考えることが、「NEC未来創造会議」の背景にあることをあらためて示唆しました。
続いて江村は、来るべき未来の社会像のコンセプトの提案を行いました。これは、NEC内のNEC未来創造会議プロジェクトのメンバーと共に検討したもので、「安全・安心な環境」を起点に、「自己未来の実現」「他者に拡大」「未来へ還元」へとつながる循環型の社会を示しています。この中に登場する「意思駆動型デジタルツイン」というキーワードについて、江村は次のように説明しています。

「現在テクノロジーがデータを使って行っているのは、過去事象を見ることで今後起きる可能性があることを予測すること。しかし『未来への意思を高度に融合していく社会』を実現するためには、過去のデータだけでは不十分だ。自分たちが作りたい未来を実現するには、自分たちの意思をそこに入れていかなければならない。それをどうするかと考えて、ここでは『意思駆動型デジタルツイン』という表現とした」
AIと人の意思との融合については、これまでの会議でも有識者から再三声が上がった課題のひとつです。そのソリューションとなる可能性を秘めた「(意思駆動型)デジタルツイン」は、この後の会議でも重要なキーワードになっていきます。

江村 克己の写真

「自分たちが作りたい未来を実現するには、自分たちの意思をそこに入れていかなければならない」

江村 克己

また、途中「閑話休題」として近江商人の心得である「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の「三方良し」に、「未来良し」を加えた「四方良し」という現代のビジネスモデルを紹介し、これを先の図に当てはめて「自分良し」、「相手良し」、「世間良し」そして「未来良し」と説明しました。確かに、横のつながりの三方に対して、未来という縦の軸をプラスした「四方」の考え方は、人と技術が未来に向かって成長していく循環型社会のコンセプトに近く、わかりやすい例えと言えます。
最後に、循環型の社会のイメージを「ひとりひとりが自分のやりたいことを見つけ、それが他人に影響することで社会が良くなっていく。社会自体がサステナブルに成長していくような、そういうものをイメージした」とまとめ、「まだまだ不十分なところもありますが、ぜひご意見をいただきたい」とプレゼンテーションを締めくくりました。

デジタルツイン(Digital Twin)
物理空間の情報をサイバー空間に送り込み、物理空間で起こっていることをそのままサイバー空間で再現するテクノロジー。サイバー空間では、物理空間をモニタリングするだけでなく、シミュレートすることが可能になり、将来起こり得る事象を予測できる。その結果を物理空間にフィードバックすることで、解析や精度の向上などが期待できる。

Topic2
今を理解することがより良い未来を創る

ひとりひとりの意思を持った行動が、周囲に影響を与えることで、つながり、循環していく社会をどうイメージするか。また、それによって、他者や未来の社会、地球全体が良しとなる「三方良し」の仕組み作りは可能なのか。メンバーの見解を追います。

林:
江村さんの「AIと人間を対立の構造で捉えようとしていたけれど、そうではないよね」という言葉が印象に残りました。例えば、スマートフォンを使ってInstagramに写真をアップするという行為は、すでに「自分の一部」であって、スマートフォンは「敵」でもなければ「他者」でもありません。技術を自分の一部と考える視点です。同様に、私たちの視覚や行動、環境のデータから生まれたAIも、ヒトとAIという対立構造ではなく、広く「人間」として捉えるほうが、私たちのリアルな感覚に近いのではないでしょうか。
また、人間は自分の体験に基づいて、つまり約80~100年の間に積み重ねた知恵で判断をしてきました。でも、人間を始めすべての生命や環境などさまざまな活動のデータから生まれてきたものが、AIという他者ではなくて「私たち」となったとき、300年先にどうなるかというようなことまで考えて行動するようになるのかなと。そうだとすると、必然的に未来のことを議論する場面が増えてくる。自分が関わることができる、あるいはインパクトを与えることができる射程が、幸か不幸か伸びていく。その流れは変わらないものだとすると、NEC未来創造会議で未来を徹底的に議論していることも腑に落ちます。

藤沢:
ありがとうございます。「私とはいったい何なのか」という問いをいただいたような気がします。私の範囲も広くなるし、未来は託すものではなくて関わるもの、みたいな。

林:
そうなんです。今やることは未来とセットで捉え、判断し行動することが求められているのかもしれません。難しい挑戦です。

林 千晶氏の写真

「今やることは、未来とセットで考えなければならない」

林 千晶氏

松村 圭一郎氏の写真

「自己実現、他者への拡大、未来への還元は、同時にその行為、あるいはそのテクノロジーが三方にとって良い影響を与えるかを常に考えなければならない」

松村 圭一郎氏

松村:
先ほど「三方良し」「四方良し」とおっしゃっていましたが、それは循環ではないと思うんです。同時に実現している。私が今これをやりたいということが同時にほかの人にも良いし、未来──例えば、子孫、次の世代にとっても良い。だから私の自己実現は、ほかの人にとっても良いということと切り離せないという意識なのではないか。
もうひとつ、(循環型社会の説明の中で)「安全・安心」が核にありますが、自分にとっても、他者にとっても、将来にとっても良いということは、「安全・安心」という言葉に集約できるだろうか。自分の安全・安心を求めたとき、もしかするとほかの人の安全・安心を脅かすかもしれない。今の世代は次の世代のことを考えたときに、ちょっと我慢したり、多少のリスクを負ったりしなければならないかもしれない。そのとき、核になるのは「安全・安心」ではないような気がします。
先ほどの説明で「共助」というお話がありましたけれど、共助の社会は必ずしも心地の良い、安全・安心な社会であるとは限らない。ちょっと刺激に満ちていて、時には我慢やストレスもある。そういうことを含めても、安全・安心よりはこの三方、四方がきちんと収まることを優先するほうが良いのではないでしょうか。

江村:
先ほどのスライドの中で、「意思駆動型デジタルツイン」のところに説明がありました。それは、今まさにおっしゃった話で、資源を食い尽くしてしまえば自分たちはハッピーだけど未来に負債を残す。本当にサステナブルということを考えたら、それは両立しないことかもしれない。そのときに何を価値観にするのかということが、その根本にあります。結局、地球はひとつしかないし、いろいろな制約がある中で、それを将来に向けてどうするかといったことを議論したいというのがこの絵の本質で、ご指摘されたことはまさにそのとおりだと思います。

ダニエル・ゴールドマン氏の写真

「外側に立って客観的に自分を理解すること。
それがより良い未来を創る足がかりになる」

ダニエル・ゴールドマン氏

ゴールドマン:
説明にあった「デジタルツイン」は、この流れの中に非常にうまく組み込んだなと思いました。自分を理解するために、その外側から客観的に自分を見ること。それはより良い未来を創るための足がかりになるはずです。私たちが主催するリーダーシップイベントの核となるものに「Sense Making」があります。これは、まさにデジタルツインに通じるもので、現在の世界を理解することで、自分が思い描く未来のビジョンに到達する方法を推測するというものです。この活動は、人々がより理解を深め、英知を得て、そして将来の社会をかたち作るための人間ベースのツール(human based tool)を構築する優れた基盤になります。

Topic3
連綿とつながる過去・現在・未来

会議冒頭のプレゼンテーションを受けて、メンバーたちそれぞれの意見が出されました。そうした議論の中で、2050年という未来を考えるとき、現在、そして過去からつながる時間という概念が提示されました。私たちの時間的視野は昔に比べて狭くなっているのでしょうか。

藤沢:
林さんがおっしゃった「私の範囲」とか「未来の範囲」といったことに関して、何か皆さん、ご意見やお考えがあったら聞いてみたいと思うのですが、林さんからもう少し追加されますか?

林:
今のことが明日のことにつながっているように、自分のことや家族のこともつながっていると考えると、循環というよりは「つながり=connected」なのかなと。

ゴールドマン:
「connected」は、世界中のすべての人々がつながっているというようなときに使います。そしてそれは「1つの惑星に暮らす私たち(We are on one planet)」という素敵な感覚です。この惑星のみんなが同じ空気を吸っているんですよね。

松村:
connectedの状態とおっしゃったように、私たちは昔からつながっていたはずです。それがつながっていないかのように、私の命は私が生まれてから終わるまでのものだと思ってしまう。本当は、私の命はたくさんの人類の祖先のおかげでここにあるということが、そのとき見えなくなる。だから現在だけがフォーカスされてしまう。
すべてのものは連続性があるにもかかわらず、私たちは何か区切りを入れる。昔はタイムスパンが短くて、だんだん長くなってきたとおっしゃっていましたが、近代以前は結構長く意識されていたと思うんです。その生命のconnectedは近代になってたぶんかなり短くなった。「7世代先の子どもたちのために、今考えて行動する」というアメリカン先住民の言葉がありますが、そんな思考は今の私たちにはないですよね。

塩沼 亮潤氏の写真

「AIは人間社会がより良く循環するためのサポートになれば良い」

塩沼 亮潤氏

塩沼:
松村さんがおっしゃるように、すべてが循環されているわけですよね。人と人、人と自然、というのも今あらためて太古の昔から循環はしているんだなと思ったんです。かつての運命共同体の助け合いの精神、お互いを思いやる気遣いの精神が、もしかすると今の先進国では薄くなっているのではないか。仮に薄いと断定した場合、その先進国は殺伐として、「私は」「私が」と自己中心的になる。そのような精神性の薄い人、精神性の浅い人が技術を開発したら、とんでもない技術になってしまいますよね。その意味で「自己未来の実現」の部分ってものすごく大事だなと。より良く世界が循環していくために、AIがサポートしてくれたら良いですよね。

藤沢 久美氏の写真

「デジタルツインで未来を変えていくときにどのような意思を投げ込むのか」

藤沢 久美氏

藤沢:
皆さんのお話を聞いていて、時代の技術進歩によってどんどん「私」中心になっている。見えている世界も小さくなってきたけれど、今一度そこから広い視野に戻らなければならないのではないかというご提示をいただきました。でも実は「もうとっくにつながっているのだけど、見えなくなっているからもう一回見えるようにしましょう」というお話ではないかと感じました。
ネイティブアメリカンの人々は、太陽は生まれる前からそこにあったとか、そういうことを感じて生きていたけれど、私たちは今、これだけたくさんの道具を持つようになって、何か万能の神のようになろうとしているわけですよね。これから先、科学技術がさらに進歩すれば、もしかしたら病気だってすぐに治せてしまうかもしれない。神に近づいていくような技術を持ち始めた中で、実はあがなえないものがあることに気付かなければならないという話をされているような気がします。

Topic4
安心を求める社会が人々の不安を呼ぶことも

昨年の未来創造会議でも議論になった「安全・安心」。技術で補える「安全」に対して人の感情である「安心」をどう扱うのか。情報が可視化されることによって不安が増大するのではないかといった議論が展開しました。

ゴールドマン:
少し話を戻しますが「安全と安心」に関して。ネイティブアメリカンについてはこんな話があります。彼らはその土地と密接につながっていました。ですから、どこかほかの土地に行って狩りをして、焼き払い、そして奪って帰ってくるといったことはしなかったのです。実は、アメリカの民主主義の多くは、コイサン族が600年から800年にわたって保ってきた安定した民主主義に基づいているのです。それを手本にしたのは、そこに豊かさと安全・安心があったということと関連していたと思います。そして、その安全・安心はコミュニティから生まれるものだと私は思います。
自分たちのことだけに注意を払っている人は、それがたとえお金持ちであっても、非常に脆弱です。でも、自分の周囲にいる人たちと良い関係でずっと一緒にいられたら安心ですよね。だから私は、安全・安心というものはその土地やコミュニティとひも付いていると思うのです。あなたがどこへ行こうと社会は連続しています。私にとってその循環は非常にポジティブなもので、何かを支え、リスペクトし、その土地を維持していく、そんな感じがするのです。

藤沢:
ありがとうございます。より広く、より長く考えるときに鍵を握るのは、もしかしたらその安全・安心という言葉のところに立ち戻るような気がしてきました。もう一度話を戻したいのですが、そこに先ほども問題提起をしてくださいましたよね。

松村:
私が想像できる範囲で考えてみると、たぶん安心を求める社会になってきているとは思うんですよね。ここに危ないことがあるとか、ハザードマップがつくられるとか、警報が出るとか、それに恩恵を受けている部分もたくさんあります。その一方で安心を求める社会、安心を求める人は常にその安心が崩れるのではないかと恐れを感じる不安な社会でもあるような気もします。安心が大事、安心が大事と思っていくとどんどん不安になっていく。本当にこの安心は守れるのだろうか。
こんなに情報が手に入るのに、こんなにいろいろなものが事前に予測されたり、監視されたりしているのに、私たちは常に不安である。そこには何か安全・安心という価値の矛盾があるのかなと思う。

藤沢:
たくさんの情報が入り、いろいろなものが可視化されることで、より不安が生まれてきている。ちなみに塩沼さんがかつて厳しい修行をされていたとき、外の情報は入ってこなかったのですか?

塩沼:
新聞、テレビ、ラジオ、一切入ってきません。そういうものには左右されない、それも訓練ですから。若いうちだったら左右されて不安になったかもしれないですね。ただ、一切情報が入ってこなくても別に満たされているものがありました。人として生きていくために、ありとあらゆる情報というのは必要なかったかもしれない。それでも生きていける。安心というのは、大自然から来る「自分は大自然の中の一員として生きるというより、生かされているんだ」という、感謝なんですね。
どうしても私たちはひとつの物を手に入れるともっと欲しくなるという性質がある。お坊さんの場合は「足るを知る」。与えられた物で満足しなさい、今置かれている環境で満足をしなさいという心を養うために修行をするんです。お坊さんの環境の中で生きていると、それが「なるほどな」と具現化するんですよね。これが自己実現だと思うんです。足ることを知る。良いところでセーブする。そういう考え方がAIというもののどこかに入っていたら、この自己実現のところでAIがアドバイスしてくれるのではないかと思います。

藤沢:
「安全・安心」という言葉があったところに、塩沼さんから「満足」という言葉が投げ込まれた気がします。安全・安心と、もしかしたらそうではなくて満足という言葉が起点になるのかもしれない。そんなヒントをいただきました。
また、「デジタルツイン」という言葉が、すでに何度か出てきていますが、デジタルツインでシミュレーションしながらわれわれの未来を変えていく。まさに未来を循環型の社会へ変えていくときに、いったいどういう「意思」を投げ込んだら良いのか。それとも「石」なのか。投げ込むものはいろいろあるかと思いますが、それは後半で考えていきたいと思います。

第2回会議の前半は江村のプレゼンテーションを受けて、それぞれのメンバーたちがイメージを膨らませて、意見を交わしました。過去から現在、現在から未来への時間軸によって、理想とする未来の姿や問題点などが、より立体的に浮かび上がってきたのではないでしょうか。続くレビュー②では、シミュレーションゲーム「シムシティ」やデジタルツインを中心としたパネルディスカッションの模様をレポートします。