Forum Report

「NEC未来創造会議」
第2回会議 レビュー

脳や身体まで、あらゆるものの
デジタル化がもたらす根本的変化

第1回NEC未来創造会議で出た、未来のイメージに対して、解像度をもう一歩高めて、未来に思いを馳せた時、どのような場面が浮かび上がるでしょうか――。
時間軸を、2050年に定めて、その頃の私たちはどうなっているのか、どのようなことが起こっているのか、メンバーにフリップを作成していただきました。

2050年、テクノロジーの進化はどこまで行く?

AIによる科学技術の進化や、さらなるロボットの普及というワードが出てきました。さらに、未来では今よりも一層、社会全体のデジタル化が進み、その波及はコミュニケーションのあり方だけでなく、経済の仕組みや、人間の脳や身体や営みにまでも及ぶことが考えられるというのです。
では、具体的にどのように変わるのか。第2回の会議では、このフリップをもとに、それぞれの意見に対して、自由にディスカッションをしていただきます。
前回に引き続き、パーフェクトキャピタリズム、ブレインネットなど、より深掘りした解説とともに、未来のかたちを探っていきます。

では、第2回会議、スタートです。

パーフェクトキャピタリズム・
産業の変化

デジタルの介入により、資本主義が変わっていく

ミチオ・カク氏の写真

『Perfect Capitalism』

ニューヨーク市立大学 理論物理学 教授

ミチオ・カク氏

デジタル化がもたらすものとして、経済や産業が挙げられました。経済活動においては、前回、カク氏が提唱した、資本主義の新しいステージである「パーフェクトキャピタリズム」についての具体的な説明がありました。パーフェクトキャピタリズムの先駆けとしては、現在成功している最大手の企業を考えると理解がしやすくなります。カク氏は、AppleやAmazon、Googleなどの企業例を挙げて説明しました。「パーフェクトキャピタリズムは、需要と供給のバランスがマッチしている状態、すなわち、資本主義の摩擦をなくすことです。今、成功している企業は、消費者が直接製品を購入し、中間業者を排除することで、製品は安くなり品質は良くなるという仕組みが取られています」。このようなパーフェクトキャピタリズムの事例は、この先も増えていくことが予測され、また、これらは、製品だけに限ったことではなく、知識や知能など、知的産業などにも共通しているとカク氏は言います。確かに、itunesなどの例を見ても、うなずけます。今後は、このように、生産者と消費者が、中間業者を介さず、直接やりとりする傾向が拡大していくでしょう。すでに、パーフェクトキャピタリズムは、はじまっているのです。

デジタル化が進むと、人は不必要になるか?

しかし、世界では、現在でもロボットに仕事を奪われた、機械に取って代わられたという人たちが大勢いるのに、さらにテクノロジーが進化すると、ますます人間が不必要になってしまうのではないかという不安も出てきます。実際に、ムーアの法則に基づいた予測によると、2045年には、AIが人間の知能を超えるという報道なども出ています。しかし、パーフェクトキャピタリズムにおいては、知能の資本がコモディティの資本を上回るとしています。これについて、カク氏は「コモディティの資本、いわゆる危険をともなう仕事や、単純な作業などは、ロボットが得意とするところです。しかし、知能的資本でいえば、ロボットは不得意です。つまり、クリエイティビティとかマネージメントなどの人材や経験などが必要なものは、ロボットには難しいのです。今後、人間の仕事は、コモディティではなく、知能の分野で仕事をすることになるでしょう」と予測します。得手不得手を理解して、得意な分野に移行していく。立場が取って代わられるわけでも追いやられるわけでもなく、働き方が変わるという考え方が近いかもしれません。かつて、イギリスのブレア元首相が言った言葉として「イギリスは石炭の輸出よりも、ロックンロールから得る収益のほうが多い」というのがあります。つまり、時代が変わって、デジタル化が進んでも、人間の能力に敵わないものもあるのです。

格差を埋めるロボット!?

羽生 善治氏の写真

『1. 都市の分散化
2. エネルギー供給の変化
3. ロボットの普及』

将棋棋士

羽生 善治氏

インターネットなどで情報や知識が普及すると、民主的である一方、格差が広がる原因にもなるとの意見も。羽生氏は、「貧困や格差のことに関して私は思っていることがあって……」と語りはじめました。「やはり、基本的に投資をすれば格差というのは広がりやすくて、消費は格差を縮めるという傾向があると思います。投資というのは、結果的に大きな差を生みやすいですよね。だから、反対に消費を増やしていく。消費は富の平行移動になることが多いので、その消費を増やしていくということが、格差を縮めるというのには非常に大事だと思うのです」(羽生氏)。とかく投資に目を向けがちな私たちですが、羽生氏からは、「消費をね、増やしていく。将来が不安であるとか、先が見えないからというので消費を控えるというのも当然の行動だと思うのです。この時にAIとかロボットとかの存在が、そういうためのプログラムとか、格差を縮めるためのAIみたいなものってあり得る話なのではないか。つまり何かひたすら無駄遣いをし続けるロボットとか。それを人間がやってしまうと家族などから『何てことするんだ』ということになりますが、AIやロボットが、ただただ格差を縮める、貧困を少なくするという目的のためにどんどん消費をしてくれる。結果的に少しずつその格差が解消されていくというようなマクロ的なアプローチというのは、これから先、ひとつの方法論としてはあるのではないかと個人的には思っています」。という、ユニークなアイデアが出ました。世の中を、救済するロボットやAI。そのために、ロボットたちが消費をしてくれる。そんな未来が来たら、彼らがどういうお金の使い方をするのか、ちょっと見てみたい気もします。

食の産業にも変化が!?

人間の本能に直結している「食」においても、変化があるであろう、と松尾氏は言います。「どこにいても、美味しいものが食べられる、調理ロボットや調理機械の普及による、食のグローバルプラットフォームができるのではないか」。一家に一台、調理ロボットがある。松尾氏の中では、お抱えのシェフのようなイメージなのでしょうか。それとも、主婦が使いこなす、マシーンのような存在でしょうか。「その美味しいものを食べるために、質の高い農業や物流、健康医療などとも繋がって、どんどん発展していくのでは」(松尾氏)。美味しい料理を一定の品質で、どこでも食べることができる。それが、可能になれば、家庭の主婦はもちろん、さまざまな人たちに朗報かもしれません。

人間の特質、人間とAI

石器時代と変わらない、人間らしさ!?

テクノロジーが進化していった時、私たち人間はこのままで良いのでしょうか。カク氏は、次のように持論を展開しました。「オフィスをペーパーレスにしようとしたのに、なっていない。紙は無くなっていないのです。それは何故か。人間は、20万年前の狩猟時代と変わっていません。狩りの話を聞きたいのではなく、どのような動物を獲物として狩ってきたきたのかを知りたい、見た目で証拠が欲しい、それがつまり紙です。獲物を捕ったという確固たる証拠を自分の目で見たいのです。それを、私は『ケイブマンとケイブウーマンの原則』と呼んでいます」。

(注:cave man=原始人)

松尾 豊氏の写真

『AIによる科学技術の進化
意識の解明
脳のアルゴリズムの解明
グローバルな食のプラットフォーム』

東京大学大学院 特任准教授

松尾 豊氏

このようなケースは、他にもあります。例えば、大好きなミュージシャンの高画質ビデオと、その大好きなミュージシャンを生で観ることができるライブチケットのどちらかだけ手に入る場合、大抵の人はライブを選択 するといいます。ビデオの方が、画質も良く、アップで間近で観ることができるうえ、インタビューなどの特典映像も付いているかもしれません。一方、ライブでは席は遠く、ミュージシャンが小さくしか見えないかもしれない、それでもライブの方を選択する人が多いというのは、人間らしさのようなものかもしれません。ですが、このケースで言えば、「VRなどの性能が、今以上に上がると、相当リアリティを感じて、それで満足してしまう可能性もある」(松尾氏)と、さらなる技術の進化で、ケイブマンとケイブウーマンの原則も飛び越えられるかもしれないという意見も出ました。

脳のデジタル化で、感情が見える!?

2050年では、脳の構成や大まかな動作原理が解明されるという話や、それによって、インターネットの次のレベルに到達する話に及びました。カク氏が提唱する「ブレインネット」もその1つです。ブレインネットでは、感情もテレパシーのように送れるようになるといいます。また、脳のメモリーをアップロードすることにより、失った記憶や感情を取り戻すことができるようになるかもしれないことなどにも触れました。みなさんは、これを、雲を掴むようなSFの世界のことと捉えるでしょうか。NECの江村は、「テクノロジーの進化の一方で、人間の能力開発という問題をセットにして考えないといけない」と警鐘を鳴らしました。もし、この先、そのようなことが可能になる場合、人間の方にもそれに見合った、それらの技術を使いこなせるような能力のデベロップメントプログラムの整備も必要であるという意見に到達しました。

人間に備わった偉大な力

塩沼 亮潤氏の写真

『春』

慈眼寺 住職 大阿闍梨

塩沼 亮潤氏

人間の叡知の極みともいえる貴重な体験をしたと塩沼氏は話します。「以前、9日間飲まない食べない寝ない横にならないと、そういう伝統のある修行を経験しました。その中で非常に興味深い体験をしました。9日間一切食べない、飲まない、寝ない、横にならないという過酷な状況を乗り越えると、ある時、パッと相対した人が何を言いたいのかがわかるようになったのです。その修行の最中に一日何回か入って来る質問者が言葉を発する前に、私が答えを言っていたのです。なので、人間は本来この身体にはいろいろな力が備わっているのではないかなと思うのです。もちろんこのコンピューターやAIの発展も大事ですが、この身体的な能力、これもやはり本来人間に備わっているものもあるので、お互いにリスペクトしていけば良いのではないかと思います」。

羽生氏も続けます。「かつて、岩手県の遠野という所で、そこで語り部のおばあちゃんの昔話を聞いたことがあるのです。昔の東北弁なので言葉の意味は3〜4割ぐらいしかわからないのですが、何故か話を聞いていると言っている内容がわかるのです。そのおばあちゃんが持っている温かみみたいなものが感じられて」(羽生氏)。言葉とは、言葉の意味を伝えるためだけのものではなく、言葉に込められた何か、言葉の意味以上の何かが、大事なのかもしれない、と羽生氏は言います。ブレインネットのようなテクノロジーが、円滑なコミュニケーションの助けになる可能性もあるのかもしれません。

江村 克己の写真

『人間回帰 Symbiosis Human & Ubiquitous AI』

NEC チーフテクノロジーオフィサー(CTO)

江村 克己

その話を受けて、江村は「NECが1977年にC&Cと言った時に、当時のそれを言った会長の小林宏治は、世界中の人が自由にコミュニケーションできるような社会をつくりたい、と言いました。当時でいえば自動翻訳機をつくるとか、そういう構造だったわけですが。そこから、技術であれができる、これができるみたいな話になってしまって。最初につくりたかったものは何だったのか。そんなことを思いました。今、羽生さんがおっしゃったことは、基本的には、人と人とのリッチなコミュニケーションというのは何なんですかね、というようなことを問われた気がしました。それができることによって、より良い社会をつくっていこうというのが大きな狙いなのだと思いました。デジタルテクノロジーへの依存性が高くなっているが、やはり大切なのは、人間がどう生きるか。人間が幸せに生きるために、どうテクノロジーと共生していくか。人間回帰な社会をつくることも、これからの課題だと思います」。

ともすると、人は、技術の進化ばかりに意識が向きがちですが、ロボットやAIに頼るだけでなく、人間の能力を伸ばし、人間が人間らしく、そして幸せに生きるために、テクノロジーと共存・共生していく世界の実現こそがこれからの未来にとって望ましいと言えるでしょう。

人間、コミュニケーション

感情や記憶を送るとは?

テクノロジーの発達で、感情や記憶を送ったり送られたりすることによって、具体的にどのようなことが起きるのでしょうか。娯楽やエンターテインメントに変革が訪れるだろうとカク氏は言います。「映画はもう80年変わっていません。テレビも50年変わっていません。基本的には、絵が映り、音が出るという仕組みです。しかし、ここに感情や感覚、記憶などが繋がることによって、エンターテインメントが刷新します。かつて、無声映画が音声付きの映画になって、それが当たり前になったように、感情や記憶も受け取れるようになるのです」。

感情や記憶の送受信「ブレインネット」

感情や記憶を受け取るとは、どのようなことなのでしょうか。特別な機械や機器が必要なのでしょうか。それとも特殊な技能が必要なのでしょうか。今ひとつ、想像が及びません。また、現在の映画やドラマでも、私たちは登場人物と同じ気持ちを味わい、喜んだり涙したりしています。それとは違うものなのか、という疑問も浮かびます。「それは、俳優たちが感情を解放し、強調することで、私たちに伝えているのです。実際には感情は送られていません。ですが、将来は、本当の感情を受け取ることができるでしょう」(カク氏)。感情や記憶を送ることができる「ブレインネット」は、まだまだ未知数。かつては、メールやデータが海外から飛んで来ることなど想像もできなかったのが、今、受け取れているように、いずれ感情を受け取ることにも疑問を感じない日が来るのかもしれません。しかし、エンターテインメントを発信する側はそれで良いとしても、私たち受け取る側には、混乱などは生じないのでしょうか。

感情や記憶の送受信、齟齬はないのか!?

林 千晶氏の写真

ロフトワーク 代表取締役

林 千晶氏

林氏からは、「確かに今でも、メールやSNSの中でも『ありがとう』とか『うれしい』という感情を伝えることができるので、それをリアルな感情で送れるというのはありそうな気がしますが、感情って自分が経験してきたことをもとにつくられると思うので、同じ経験をしていないと、全く同じ気持ちになることは難しいのでは?」という意見が出ました。松尾氏からも「自分の感情が人に伝わるのは素晴らしい技術だと思いますが、やはり人間って感情を隠すと思うのです。嫌だなと思っても嫌な顔をしないとか。そういうのは人間社会にとっては重要だと思うのですが……」という質問が。

それに対し、賛同を示した塩沼氏は、「林さんがおっしゃったように、相対した人の経験値でしかすべてのものを理解できないということについて。例えば、伝える側が100だったとしても、相手の経験値が50であれば、その50でしか理解できないという、カバーができないという部分もあります。なので、やはり経験というものは非常に大事だと思います」と話しました。一方、人間が感情を隠してしまうことについて、荻上氏は「電車でスマートフォンをいじっている人を見ればわかりますよね。『今日はとても楽しかったよ。愛してる』という文章を送っている人の顔の表情は無表情です。その人はやはり電車に乗っている人にはその表情をバレたくないが、その感情を送り合っている人に対しては、そういった感情に溢れているのだという、ある種少し盛られた感情というのが送られたりすることがある。リッチな感情のチャンネルもあれば、プアな感情のチャンネルもあるというように、選択肢が広がるという意味に捉えるといいのではないか」との見解を示しました。

テクノロジーだけの成長は、あってはならない

続いて、林氏からは、次のような質問が出ました。「先ほど、塩沼さんのフリップで『春』というキーワードが出ましたが、日本人が春と言った時に春の素晴らしさを思い出すのは、やはり夏・秋・冬があって春が来るからの春ですよね。だけど、何かの意識や感情を共有する時に、痛い感情、辛い感情は基本あまり欲しくなくて、より賢くなれるような良いものばかりくださいというように、陰と陽でいうと陽の感情や知恵ばかりだけを共有するということが可能なのでしょうか」。林氏は続けます。「悪い感情や嫌な気分になる情報は、すべてその瞬間オフモードにさせてもらいますとなったら、本当はそのオフモードのところに、大切なことが隠されている場合もあるのでは?」。

荻上氏は「そこの点については、配分が変わっていくだけだと思います。陰と陽というのはどの時代にもありますが、その在り方というのは何か固定するものではないということだと思います」。時代が変わっても、自分にとって都合の良いものだけを手にするというわけにはいかないようです。ですが、どの程度の配分が、良いバランスなのでしょうか。答えは、技術の開発が進んだら自ずと出るのかもしれません。ただ、人は、新しい技術を受け取るためにも、経験を積んだり、痛みを知ったりする努力をしなければならないということは言えそうです。伝えたいことを、きちんと伝えるように、受け取りたい情報を正しく受け取るために、人間も努力をしなくてはならない。そのためにテクノロジーを活用する。やはり、一方の成長だけでなく、人間もテクノロジーも一緒に成長していくのが理想のようです。

社会設計、社会の倫理

さて、未来のコミュニケーションの在り方についてのあとは、社会規範についてです。人や技術が変わっていく時には、新たなルールが必要となるもの。感情や記憶を受け取れるようになった際のデメリットや、誰かに悪用されたりする危険性はないのかなど、使い方と同時に、それによるリスクなども考えないといけません。

「それには、「技術者の倫理観が必要」と荻上氏は言います。「どのような技術をどのようにコントロールするかというのは、やはりその技術者が考える倫理観や思想に大きく左右されます。ある種の概念が共有されることによって、その設計の在り方というものを根本から問われ直していくということができたりするわけです。例えばSNS上で人々がどんどん繋がっていくことによって、コミュニケーションが加速するということが良い事だ、すべてを繋げていくということがWebのひとつのミッションである、それこそがサイバースペースのひとつのスピリットなのだという考え方もあります。ですが昨今、逆に繋がり過ぎることによる衝突、ディスコミュニケーションをどうコントロールするかということがあらゆる面で問われている気がします」。

技術者に求められる倫理観や共通の概念

荻上 チキ氏の写真

『概念
(社会的希望、技術的~)』

評論家

荻上 チキ氏

「例えばヘイトスピーチという概念ができることによって、ヘイトスピーチに対する通報機能というものができる。何かヘイトスピーチ的なことを書き込もうとすると、それを本当に書いていいのかということを書き込み主に一度問うような装置が導入されることによって、ある種、躊躇率というのを高めてヘイトの拡散を抑止するような技術を検討するとします。しかし、このような技術に検閲機能はなく、本人の書き込む自由は確保されているわけです」(荻上氏)。荻上氏は提案します。「だからこそ、技術者が一方的に言論を統制するのではなく、〝本人の倫理観に問う〟、〝気づきを与える〟設計を意識していく必要がある」。松尾氏も「技術が進化すると、現在ネット企業が行っているようなユーザーにインセンティブを与えて良い行動を促すような、新しいコントロールやそういう技術も進んで行くと思います。ですが、それと比較して、今の法律や憲法が合致しているかという点においては、私も疑問に思います」と言います。

まだまだ粗い法整備

松尾氏が感じるのは、粗さだと言います。「あらゆることに言えることですが、法や規範において、これまでの技術だと検知できないとか、検知したとしても捕まえる手段がないなどのさまざまな理由によって、考えない事にしようとされてきた部分も実は相当たくさんあると思います。もっと細かい粒度での法律などを整備していかないといけません。例えば自動車のスピード違反。スピード違反ってスピードが問題なのではなくて、事故が起こる危険性が問題なのですよね。ですから、本当は危険性や危険度で測った方がいいのですが、危険で測るという技術が今までなかったのでスピードで測るしかなかった。ということは、スピードよりももう少し抽象度を上げた概念を持ち込まないといけない。そのようなことは、今後必要になってくるのではないかと思います」。

なるほど、テクノロジーだけが、一人歩きしてはならず、必ずそれとセットで法整備も為されなければならない。毒薬を開発する際には、解毒剤も一緒に開発しなければならないという原理と同じです。ですが、とかく、法整備は、何かが起こってからはじめて考え出されるケースが往々にしてあります。技術の進化と同じスピードで、法を整えていくことも私たちに課せられた責務かもしれません。

私たちのアイデンティティ

林氏は、今回の会議で、次のような感想を述べました。「テクノロジーにも2つ、種類があるのだなと、みなさんの話を伺っていて思いました。無駄をなくして効率化するような技術。それとは別に、人が幸せだと思う、あるいは平和が手に入るための技術。その、どちらも大切なのなのだなと思いました」。そこの両立を探ることこそが、今を生きる私たちのアイデンティティなのかもしれません。

さまざまな意見が出る中、人があってのテクノロジーという答えが導き出された第2回会議。次回も、人間とAI、テクノロジーと経済、未来におけるコミュニケーションや倫理など、より具体的な内容を掘り下げて行きます。どうぞ、ご期待ください。

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