Forum Report

「NEC未来創造会議」
第1回会議 レビュー

2017年3月30日に開催された「NEC未来創造会議」・第1回。
各方面で活躍する7名の有識者が、テクノロジーの進化が切り拓く社会の可能性について、
様々な角度から議論を繰り広げました。
AI(人工知能)をはじめとする技術の進化で社会はどう変わるのか。また、その中で人はどうあるべきなのか――。
会議のレポートを通じて、人とテクノロジーが共存する社会のあり方や、幸せな未来の実現方法を考えていきます。

人が歩んできた進化の道筋を、
「学習」によって辿るAI

「テクノロジーは私たちの想像以上のスピードで進化しています。これが意味するのは、私たちが暮らす社会の進化も、テクノロジーに比例して加速しているということ。この会議では、こうした技術のスピード感を前提に、未来の社会や人のあるべき姿を議論したいと思います」と冒頭、NECの江村 克己は話しました。

「不死の1つ手前の長寿社会という問題も、忘れるべきではありません。100歳まで人が生きる時代の支え合いについて、真剣に議論する必要があります」

NEC チーフテクノロジーオフィサー(CTO)

江村 克己

議論に当たっては、まず未来の社会がどういう環境なのかを知っておく必要があります。例えば、今から約30年後の2050年、地球全体の人口は現在の約1.3倍の90億人に達します。そのうち都市部の人口は、現在の5割から7割程度まで増加。これは、比較的裕福な人が増えることを意味し、水・食料、エネルギーなどは現在の約2倍、物資の移動は2.4倍程度必要になると予測されています(※1)。私たちは、これらの課題を解決し、さらに豊かで幸せに暮らせる社会を、様々なテクノロジーを活用しながら実現する必要があるのです。

一方、現在も、すでにデジタル技術は様々なところに入り込みはじめています。例えば産業の世界では、音楽や新聞・ラジオなどのメディアや、自動運転技術、Uberなどに見られる交通手段のデジタル化などが進み、これまでにない価値を生み出しています。そうした中、次にデジタル化されつつあるのが、私たち人間の知性――つまり、AIです。

これについて、理論物理学者のミチオ・カク教授は次のように指摘します。「シンギュラリティという言葉がバズワードとなり、万能のテクノロジーだという認識が広まったせいか、AIに対して『怖い』という反応をする人がいます。しかし、それは事実と異なります。ICチップやプログラムでできたAIと、神経ネットワークでできた人の脳はまったく別物であり、AIにしかできないことがある一方で、人にしかできないことも多いのです。人は、活動や思考を支援してくれるパートナーとしてAIをとらえるべきで、存在を取って代わられると畏怖すべきではありません」。

AI研究の第一人者である東京大学の松尾 豊教授は、カク氏に賛同しつつ、別の観点からAIについて述べました。「人もAIも、知識や経験を得て成長するという点では同じですが、その方法は異なります。人は、長い『進化』の過程でDNAを変化させたり、生き物としての本能や様々な感情を習得してきました。一方のAIは、同様のことを『学習』によって成し遂げようとしています。面白いのは、学習のほうが、進化よりも無段階的に変化を促せるということ。個体全体が変わるのを待つ必要がなく、部分的な変化の連続でなめらかに高度化していけるのです。近年は、この学習を担う要素技術の『ディープラーニング(深層学習)』も高度化しており、AIはものすごいスピードでできることの幅を広げています。AIはまだまだ底の見えない技術であり、私はその点に期待を寄せています」。

例えば、高度成長期以来、日本企業はハードウエア製品の製造を大きな強みとしています。その技術力・ノウハウとディープラーニングを融合させることで、状況を自ら認識・学習して改善につなげる高機能なロボットを開発することも可能だと松尾氏は言います。

「人の進化は生存確率を高める方向のみに進みますが、AIはその限りではありません。そこが、大きく人とは違います」

東京大学大学院 特任准教授

松尾 豊氏

ただ結局、何を望み、どんな世の中にしていきたいのか。それを考えるのは、今までもこれからも、リアルな生命を持つ人間の役割であることは変わりません。その上で、必要な技術の活用法をどう定めるか。それが、日本の産業がイノベーションを実現する上で不可欠なことといえるでしょう。

※1 いずれもNEC調べ

個人の属性意識は
「アイデンティティ」から「タグ」へ

また会議にはICT領域以外の有識者も複数参加。評論家の荻上 チキ氏は、テクノロジーによってつくられる新しい社会の枠組みについて説明しました。

「インターネットは、個人がマスメディアに頼らず情報を入手・発信することを可能にしました。これにより、それまで見えなかった個人の多様性が可視化されたり、1人の人間が複数のパーソナリティを持つことができるようになった。いうなればインターネットは、既存の民主主義がフォーマットとする中央集権体制や家族、ナショナリズムといったあるべき共同体からの開放を促進したり、マイノリティの社会参加を容易にするツールであるといえます」

今後、この流れがさらに加速すれば、社会は大きく変わります、そこでは、人は帰属する集団を固定化する代わりに、自分のパーソナリティにいろいろな「タグ」を付け、似た人同士がつながるクラスタを掛け持ちすることが一般的になると荻上氏は説明します。

「本や音楽の好みと同じように、自分が異性愛者か同性愛者かということも、1つのタグであってアイデンティティではない――。この考え方をベースにすることで、あるクラスタで居心地が悪くなっても、別のクラスタに活動の軸足を移すだけで別の承認が得られます。従来のような、生存や承認欲求を満たすために所属せざるを得ないコミュニティといったものは消滅/希薄化し、生存を確保することや、承認欲求を満たすこと、収入を得ることなどを、人はそれぞれ別のタイムラインで行うことができるようになるのです」(荻上氏)

「中心主義から解放される過程では、個人のアイデンティティは喪失していくことがむしろ望ましいと思います」

評論家

荻上 チキ氏

他方、この枠組みは新しいもののため、既存の法制度などがフォローしきれない側面もあります。そのため私たちは、そうしたギャップを生じさせないための策も並行して検討する必要があります。荻上氏が会議で提案した「高度に教育されたAIがインターネット上を巡回し、違法行為にアラートをあげる」といった仕組みはその一例。つまりテクノロジーは、社会を変える革命の推進力であると同時に、変化後の社会のほころびに“修正パッチ”を当てるための手段でもなければいけないのです。

同様のことを、デジタル化が進む将棋界での経験を基に語ったのが羽生 善治氏です。

現在、将棋のソフトウエアはほとんどがGitHub(※2)に載っており、それを使って誰でも分析や研究ができるようになっています。ところが、将棋界は江戸時代から400年続く伝統文化の世界であり、当然ながらこの状況を見込んだルールなどは存在していませんでした。「荻上さんも指摘した通り、止めようがないテクノロジーの流入とどう折り合いをつけるかは、今後は社会のあらゆる場面で発生する問題になってくると思います」(羽生氏)。

「痛みや恐怖といった感情に縛られないAIの発想をどれだけ吸収できるか。このことが人に要求されていると感じます」

将棋棋士

羽生 善治氏

またカク氏は、テクノロジーの進歩は、現在の資本主義を新たなステージに押し上げると説きました。「私はこれを『Perfect Capitalism』と呼んでいます。これは、資本主義の構成要素である生産者と消費者が、互いのことをすべて把握している状態のこと。両者の間であらゆる情報を媒介するのがインターネットやAIといったテクノロジーです」。

この世界では、例えば、特殊なコンタクトレンズである製品をのぞくと、製品の特長はもちろん、市場に出回る競合製品や、最も優れた/価格の安い製品などがすぐ把握できます。必然的に市場競争は合理化され、それに従った富の分配が行われるようになります。そこで生まれる格差・分断を是正するような仕組みをテクノロジーで補完できれば、あらゆる人が暮らしやすい社会をつくることも不可能ではないかもしれません。

このように、テクノロジーはまったく新しい社会構造を提供するものであると同時に、望む・望まないにかかわらず、あらゆる人に影響を及ぼすものとなります。「テクノロジーを使うときは、それによる弊害や適切なコントロール方法も同時に考える。これにより、誰も取り残されることのない社会を目指すことが、これから一層重要度を増しそうです」とファシリテーターを務めたロフトワークの林 千晶氏は話します。

「時代が移り変わる中でも、変わらない個人の幸せとは何か。これについてもしっかり考えていきたいですね」

ロフトワーク 代表取締役

林 千晶氏

※2 GitHub社が運営する、ソフトウエア開発プロジェクトのための共有ウェブサービス

人はデータになり、
デジタル空間上に永遠に存在し続ける

さらに、テクノロジーの進化は産業や社会のみならず、「人」そのものにも大きな変化をもたらします。

「テクノロジーの進化によって、私たち人間は『不死』を実現できる可能性があります。その種類は大きく2つあり、1つ目がデジタル的な不死です。インターネット上の膨大な行動履歴データと高度化したAIを掛け合わせれば、『ある人自身をデジタル空間上に複製する』ことが可能になる。そうしてデータ化されたある人の人格が、次の世代、その次の世代へと共有されることで、肉体はなくなったあとも、その人が半永久的にデジタル空間上に生き続ける状態が実現できるのです」(カク氏)。これについては、脳の神経回路「コネクトーム」をすべてデジタルで複製する方法も欧米で研究されており、実現できれば、人の心の動きなども再現できる可能性があるといわれています。

そして2つ目が、生物学的な不死です。加齢を司る遺伝子はすでに存在が突き止められており、これをコントロールできれば、人は歳をとらなくなるといわれています。これも、現在の科学レベルを考えれば、十分に実現可能なこと。「誰もが肉体は30歳のまま、デジタル空間で生き続けるアインシュタインやチャーチルと会談しながら、科学や政治の問題を解決していく――。そんな世界も、決して小説の中だけの話ではなくなります」とカク氏は言います。

「テクノロジーは豊かさをもたらすエンジンであると同時に、破壊的なもの。使いこなす上では正しい教育が不可欠です」

ニューヨーク市立大学 理論物理学 教授

ミチオ・カク氏

もしこれが実現すれば、今回のような議論も、より根源的なところから始める必要があります。なぜなら、人の存在に関わる前提条件が変わるため、問題解決のゴールも大きく変わるからです。これについて、慈眼寺 住職の塩沼 亮潤氏は次のように話します。

「仏教では、世の中には思い通りにならぬものがあるということを、ものごとを考える上での前提に据えます。生まれ、年老いて、病気になって死ぬというのは命あるものの定めであり、納得するしかないものだということです。しかし、この理がテクノロジーによって覆されれば、今後は人が『豊かさ』や『幸せ』を感じる基準も変わるでしょう」

テクノロジーの進歩は止めることはできません。その意味では、不死が技術的に実現可能になることは、大きなイノベーションである一方、人にとって新たな悩みや苦しみの原因になる可能性もあります。また会議では、不死を実現するテクノロジーが、限られた一部の人だけに提供される場合、不死を得られる人とそうでない人の間で、大きな価値観の隔たりが生まれるかもしれないという意見も出ました。

塩沼氏は、そうした場合、1つのカギになるのは自らの心と思考を転換することだと述べます。「人は誰でも幸せになりたいと思って生まれてきます。私は、たとえ周囲の環境が自分にとってつらい状況であっても、内面を転換することで幸せに転じられるということを、修行を通じて体得してきました。これからの時代に豊かな生を全うする上では、テクノロジーにあわせて、私たちの精神も進化する必要があるように思います。仏教の知恵が役に立つ場面も、増えてくるのではないでしょうか」。

「変化の時代こそ、『あるがままを受け入れる』という姿勢を変えずに、新しいアイデアを模索することが大切です」

慈眼寺 住職 大阿闍梨

塩沼 亮潤氏

そのほかにも会議では、「生物の遺伝とテクノロジーの進化」や、「インターネットの普及と戦争の関係」などについて、様々な議論が展開されました。「第1回目の今回は、あえて制約を設けず、いろいろなアイデアを皆さんから提示していただきました。今回提示された議題を中心に、さらに話題を広げたり、深掘りしたりしながら、考察を深めていきたいと思います」と林氏は語りました。

過去2000年にわたる人の歴史は、テクノロジーの進化によって、今まさに大きな転換点を迎えています。会議のメンバーが描く未来は果たしてどのようなものか。次回以降の会議にも、ぜひご注目ください。

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